7月14日午後、とくぎんトモニプラザに全国の仲間が集まってきます。その顔には、「この1年の闘いで星野文昭さんを取り戻す」という決意があふれています。会場には各地の活動報告が並べられ、今年2月に急逝した奥深山幸男さんの遺影も飾られました。
総会の基調報告と再審闘争報告、大坂さん裁判事務局の訴え、2日間の討議のすべてを通して、大坂正明さんと一体で闘うことが熱烈に確認されました。
大坂さんは、1971年11・14渋谷闘争を星野さんと共に闘いました。大坂さんへのでっち上げを打ち破ることは、星野さんの無実をさらに鮮明にすることであり、星野さん解放を決定的に近づけます。これは、17年から18年の改憲阻止の歴史的な決戦と一体の闘いとなります。
大坂さんの裁判は、星野再審闘争が切り開いた成果の上に展開され、大坂さんの裁判でかちとった地平は、星野再審の前進に直結します。星野弁護団の鈴木達夫弁護団長、西村正治弁護士、藤田城治弁護士が大坂さんの弁護団に加わり、文字通り両者一体で闘う体制がつくられました。
午後5時半、「星野さんを返せ」と市内デモに出ました。家族、弁護団、共同代表を先頭に駅前を通り、市民に強く訴えました。
午前中には、高松市にある四国地方更生保護委員会への申し入れが行われました。家族、弁護団、平良修さん、狩野満男さんが文書を提出し、1時間にわたって訴えを行いました。
7月から、星野さんの解放をめぐる審理が始まります。委員会は1年以内に審理を開始することになっており、2人の委員が実際に星野さんと面接します。
平良修さんへの面会拒否許すな
この1年間、星野さんを取り戻す具体的な攻防になります。8月26日から30日まで、今年2回目の絵画展が高松市で開かれます。
午後2時過ぎ、平良修さんが、星野治男さん、誉夫さんと共に徳島刑務所を訪れ、星野さんとの面会を求めました。ところが待合室に本田庶務課長が現れ、「平良さんは運動での関係はあるが、親族ではない」と言って、面会を拒否しました。強く抗議した上で、治男さん、誉夫さんは面会に入りました。
絶対に許せない不当な攻撃です。友人と会い、会話するのは人間として当然の権利です。刑務所といえども奪う権利はありません。平良さんは2006年11月に悦美さんと共に面会し、友情を育てて来ました。
今回の面会に当たって、全国で「要望書」が集められ、事務局から227通を送りました。刑務所に直接送った会もあります。徳島刑務所を弾劾し、友人面会拒否を打ち破ろう。
星野闘争飛躍を 青年労働者担う
15日午後1時、「星野、大坂、ハンサンギュン奪還青年集会」が全国総会の一環として開催されました。これは、青年労働者の提起に基づいて、今年初めて行われたものです。
徳島医療福祉労組の元木智之委員長が主催あいさつを行い、青年労働者や学生たちが次々に発言に立ち、「われわれこそが星野闘争の担い手になる。ゼネストと国際連帯で星野さん解放を実現しよう」と決意を表明しました。会場を埋めた各地の参加者も、その決意を共にしました。
午後3時からまとめの討議に入り、最後に、平良修さん、戸村裕実さん、狩野満男さん、星野暁子さんの4人を、次の1年間の共同代表に選出して、全国総会を終えました。
9月10日には、これまでで最高の徳島刑務所包囲デモに決起しよう。『星野新聞』の拡大で財政を強化し、1年間の闘いで星野文昭さん解放をかちとろう。
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