無実の星野さんを救おう  
星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議


平成21年(お)第10号 
申  し  入  れ  書
                 東京高等裁判所第11刑事部 御中
                       2010年8月10日
   星野文昭 家族             妻    星野 暁子
                       兄    星野 治男
                       弟    星野 修三
                       叔父   星野 四郎
                       従兄   星野 誉夫
   星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議
  連絡先      星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議
            東京都港区新橋 2−8−16 石田ビル4階
            電話 03−3591−8224

 私たちは、1971年11月14日の渋谷闘争に関する殺人等被告事件により無期懲役刑に処せられ、現在、貴裁判所に再審を請求している星野文昭の家族ならびに支援運動にたずさわる者です。
 私たちは、以下の申し入れを行います。
          申 し 入 れ の 趣 旨
 8月11日、星野文昭の再審請求事件に関して、裁判官、検察官、弁護人による三者協議が行われます。
 この場において、3月24日に再審弁護団が開示を請求した34点の証拠をすべて開示するよう、検察官に命じてください。

          申 し 入 れ の 理 由
 8月6日、星野文昭は逮捕されてから36年目を迎えました。30代、40代、50代のすべてを獄中で過ごし、今年の4月27日には、64回目の誕生日を徳島刑務所で迎えました。
 星野文昭にこのような現実を強制しているのは、1983年7月13日に東京高等裁判所第11刑事部が言い渡した判決(以下、確定判決)です。しかし、確定判決は誤っています。星野文昭は無実です。
 貴裁判所には、先輩にあたる裁判官たちが犯した過ちを正す責任があります。
昨年11月27日に提出した再審請求書とそれに添付された27点の新証拠に、真摯に向き合ってください。そして、1日も早く、再審開始の決定を出してください。
 そのためには、3月24日に再審弁護団が開示を請求した34点の証拠調べが不可欠です。これらは、いずれも星野文昭の無実を証明する重要なものです。
確定判決が認定する「罪となるべき事実」は二つです。
 一つは、死亡した機動隊員・中村巡査を、星野文昭が鉄パイプで直接殴ったということです。
 二つは、倒れた中村巡査に火炎びんを投げるよう命じたということです。
この二つとも誤っています。星野文昭は、中村巡査殴打現場から離れた十字路に立って、NHK方面に現れた別の機動隊の動きに注目していました。星野文昭はデモ隊のリーダーであり、参加者全員を渋谷に行かせることが最大の使命でした。NHK方面の機動隊は突撃の隊形を整えつつあり、いつこちらに向かって来るか予断を許さない状況でした。星野文昭はリーダーであるからこそ、一瞬も目を離せない状況になったのです。
 星野文昭は、中村巡査を殴打していないし、火炎びんを投げるよう命じたこともありません。これが、真実です。
 星野文昭を有罪とする物証はありません。あるのは、デモに参加した学生たちの供述調書だけです。しかも、その内の3人は未成年です。
 警察や検察の密室でつくられる供述調書がどのようなものであるか、いわゆる「足利事件」や「布川事件」の再審裁判が改めて証明しました。死刑判決すら予想される幼児の殺人事件や強盗殺人事件で、まったく身に覚えのない供述を行っているのです。
 それ以上に重大なのは、原審の審理にあたった裁判官たちが虚偽の供述調書にまったく疑問を持たないまま、無期懲役の有罪判決を言い渡したことです。再審裁判においては、単に無罪を言い渡すだけではなく、このような裁判官たちの責任を明確にしなければなりません。
 2008年7月14日の最高裁特別抗告棄却決定は、確定判決の事実認定に重大な疑問を突きつけました。
 最高裁決定の結論は特別抗告棄却でしたが、「職権により判断する」として、本件当日の星野文昭の服装が、Krの言う「きつね色」ではなく、「薄青」であったことを認めました。最高裁は、「後ろ姿でも分かる」とか「声でも分かる」と強弁して、あくまで星野文昭を有罪としています。しかし、確定判決の核心部分が崩れたことは、決定的に重要です。
現在進められている再審請求の審理は、この事実の上で行わなければなりません。確定判決は、すでにぐらぐらなのです。
証拠の開示は、審理の帰趨を決します。
 私たちは、星野文昭の無実を示す証拠を検察官がいまだに隠し持つという事実に、身を焼くような怒りを覚えます。こんなことは、絶対に許されません。
 検察官は、34点の証拠をすべて開示しなければなりません。「不見当」「見当たらない」等という言い逃れは許せません。
貴裁判所は、検察官に対して、すべての証拠を開示するように命じてください。
 東京高等裁判所第11刑事部の先輩裁判官が犯した過ちを正す勇気を持ってください。
 再審開始の決定を出し、星野文昭を無実の獄から解放してください。
                           以上

請   願   書
                 法務省矯正局 御中
                       2010年8月10日
   星野文昭 家族             妻    星野 暁子
                       兄    星野 治男
                       弟    星野 修三
                       叔父   星野 四郎
                       従兄   星野 誉夫
   星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議
  連絡先      星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議
            東京都港区新橋 2−8−16 石田ビル4階
            電話 03−3591−8224
 私たちは、1971年11月14日の渋谷闘争に関する殺人等被告事件により無期懲役刑に処せられて、徳島刑務所において受刑中であり、東京高等裁判所に再審を請求している星野文昭の家族ならびに支援運動にたずさわる者です。
 私たちは、請願法第3条に基づいて以下の請願を行います。
 同法第5条により、この請願が誠実に処理されることを求めます。
また同法第6条により、私たちがこの請願を行ったことにより、星野文昭がいかなる差別待遇も受けないことを求めます。
請 願 の 趣 旨
 徳島刑務所が星野文昭に対して行った以下の行為について、これを所管する官公署として、ただちに改めるよう指導してください。
第1.星野文昭に対する不当な面会制限に関して
 本年5月20日、大野恭子さんが求めた星野文昭との面会を許可しなかったこと。
 5月28日、桜井昌司さんが求めた星野文昭との面会を許可しなかったこと。 6月11日、山川英之さん、山川洋子さんが求めた星野文昭との面会を許可しなかったこと。
 7月7日、元木美起子さんと植野忠さんが求めた星野文昭との面会を許可しなかったこと。その際、今後は、「星野文昭と面会する者を5人に制限する」と通告したこと。
第2.星野文昭に対する不当な懲罰に関して
 3月10日、手紙に1行書き加えたことを理由に「戒告」とされたこと。
 3月30日から4月5日までの7日間、「閉居罰」とされたこと。
 4月10日、「優遇区分」が3類から4類に降下されたこと。 
請 願 の 理 由
第1.星野文昭に対する不当な面会制限に関して
1.事実関係
 5月20日、兵庫県在住の支援者である大野恭子さんが星野文昭との面会を求めたのに対して、徳島刑務所は不許可としました。
 その際、対応した刑務官は、その理由を「面会実績がない。星野受刑者から面会の申請が出ていない」と説明しました。しかし、面会した星野暁子及び青柳晃玄さんが確かめたところ、5月17日に「特別面会」の申請を行っていたことが明らかになりました。係官は、意図的に嘘の説明をしたのです。
5月28日、いわゆる「布川事件」の再審請求人である桜井昌司さんが、「冤罪と闘う仲間として激励したい」と面会を求めたのに対して、徳島刑務所はこれも不許可にしました。当初は、「(桜井さんからの)手紙が届いていない」と答えたのに、抗議すると、「前に本人が申請している5人以外は面会できない」と理由を変えました。
 6月11日、徳島在住の再審支援者である山川英之、山川洋子さんの面会が不許可となりました。今回は、刑務官らは「法令により」面会不許可としたというばかりで、「その法令とは何か。また、第何条に基づくのか」という質問に回答しませんでした。
7月7日、徳島の再審運動支援者である元木美紀子さんと岡山の支援者である植野忠さんの面会を不許可としました。二人とも2回ずつ星野文昭と面会した実績があります。元木さんは、2009年1月に面会不許可になったことに関して、徳島弁護士会が徳島刑務所に対して「勧告書」を出した当事者です。 刑務官らは、「面会経験があっても、本人が申請を出している5人以外は面会できないことに、5月31日をもって決まった」と回答しました。
2.徳島弁護士会の「勧告書」
 本年3月24日、徳島弁護士会は上記の元木さんを含む7名が申し立てていた「人権侵害救済申立事件」について、徳島刑務所の措置は人権侵害に当たるとして以下のような「勧告書」を送りました。 
「相手方(刑務所)が申立人らと星野との面会を不許可としたことは、相手方の裁量権を逸脱したものであり、受刑者とその再審請求を支援する者との面会を不当に制限するものであって、人権侵害にあたる」
 再審請求に関して、次のように指摘しています。
 「特に、受刑中の再審請求人にとって、社会において自らの再審請求を支援する者が存在するということは、それ自体が再審請求手続を遂行する上での精神的な支えとなっている。また、再審事件においては、法廷活動に留まることなく、再審請求人の無実を広く社会に訴えて世論を喚起するといった活動も重要である。そのためにも、再審請求の支援者が再審請求人と面会して交流を図る必要性は大きい」
 結論は、以下の通りです。
 「よって、今後、『星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議』所属の会員がその活動の一環として星野文昭との面会を求めた場合、−中略− 速やかに面会を許可するよう勧告する」
 ところが、徳島刑務所は、この「勧告書」を受け取って以降、面会不許可の行動に出たのです。
3.法務省矯正局の責任
 徳島刑務所が行った一連の措置について、法務省矯正局には、これを所管する官公署としての責任があります。
 以下、質問する事項について、責任ある回答を求めます。
1)徳島刑務所が行っている徳島弁護士会への挑戦としか考えられない面会不許可について、貴矯正局はいかに考えるか。
2)そもそも、徳島弁護士会の「勧告書」について、徳島刑務所からの報告を受けているのか。
3)受けたとすれば、所管する官公署として、どのような指導を行ったのか。
4)徳島刑務所が決定した、受刑者の面会相手を5人に制限することは、貴矯正局の指導に基づくものであるのか。
5)面会相手を5人に制限する通達や指示を出しているのか。出しているとすれば、その根拠は何か。
 
第2.星野文昭に対する不当な懲罰に関して
1.事実関係
 3月10日、星野文昭は「戒告」処分を受けました。2月28日の消灯後、手紙に1行書き加えことがその理由とされています。
星野文昭からは、消灯5分前及び消灯時間を知らせるチャイムやオルゴールが故障していたと伝えられています。
 3月30日から4月5日までの7日間、星野文昭は「閉居罰」とされました。名前こそ変わりましたが、旧監獄法の「軽屏禁」と同じものです。理由は、3月12日の昼食に出たぜんざいの一部を私物のケースに入れて冷ましたことが、「物品の目的外使用」とされたためです。
 4月10日、「優遇区分」が3類から4類に降下されました。これに伴い、それまで1ヶ月に3回だった面会が2回に減らされました。
 「4年間、無事故・無違反」で与えられるバッジ4個のうち、2個を剥奪されました。
2.受刑者の懲罰
2002年から2003年にかけて、名古屋刑務所における虐待・虐殺事件が、相次いで発覚しました。
 このため、「行刑改革会議」が結成され、同会議は、2003年12月22日、「行刑改革会議提言 〜国民に理解され、支えられる刑務所へ〜 」を発表しました。これに基づいて、100年間続いた監獄法が改められ、現行の「刑事収容施設及び受刑者等の処遇に関する法律」が施行されました。
 同提言は、受刑者の懲罰について重要な提起を行っています。
「規律のあり方については、重箱の隅をつつくようなことまで事細かに規制したり、また、暴力を振るうことによって規律秩序を維持しようとしたり、規則を公正に適用しないなど、それが受刑者の人間としての尊厳を傷つけたり、社会通念に照らして著しく合理性を欠くようなものであってはならないことは言うまでもない」
 今回の星野文昭に対する懲罰を見ると、この提言の精神はどこに行ったのかと思わずにはいられません。
3.法務省矯正局の責任
 周知のように、徳島刑務所において、2007年11月に暴動事件が発生しました。このような暴動事件は、戦後の混乱期を除いては、長く発生していません。徳島刑務所は、なぜこのような暴動が起きたかを根本的に反省するどころか、厳罰主義で受刑者を圧殺することをもって、再発を押さえようとしています。
 同刑務所を所管する官公署として、以下の質問に、責任ある回答をしてください。
1)徳島刑務所暴動事件以降、同刑務所に対して、医療問題や受刑者の人権擁護に関する、いかなる指導を行ってきたのか。
2)星野文昭は、当初、「食料の隠匿」及び「物品の不正使用」の疑いがあるとして取り調べを受けました。それが成立しないため「目的外使用」とされました。また、半年前に、食事を取り分けるための小鉢が回収されました。貴矯正局は、そのような実態を掌握しているか。
3)星野文昭の行ったとされる行為と徳島刑務所が加えた懲罰は、均衡を欠いていると考えないか。
4)星野文昭への懲罰は、再審請求に対する妨害ではないか。
 本年8月6日、星野文昭が逮捕されて36年目を迎えました。
私たちは、無実の星野文昭が無期懲役刑に処せられ、このような年月、自由を拘束されていることに、身を焼くような痛みを感じます。
 1日も早い解放を求めて全国で活動を進めています。徳島刑務所の星野文昭に対する狙い撃ちのような懲罰に、満身の怒りを表明するものです。
 貴矯正局の明確な回答を求めます。
                           以上

2010年全国総会 総括と運動方針

−国家権力の攻撃を打ち破り星野文昭さんを必ず取り戻そう−
[はじめに]
 獄中35年、星野文昭さんを取り戻す時が来ました。
 今、歴史の大きな転換点です。労働者階級の闘いが一切を決する時代に入りました。
6月24日に参議院選挙が公示され、7月11日の投票日に向かって「選挙一色」になっていますが、国会内の駆け引きやおしゃべりでことが決まるのではありません。
 6月2日に、鳩山内閣が倒れ、小沢民主党幹事長も辞任しました。辺野古新基地建設に対する怒り、労働者階級の怒りが鳩山内閣を倒したのです。
 菅直人新首相は6月23日に沖縄を訪れて、辺野古新基地建設をあくまで強行すると宣言しました。こんなものは、鳩山政権を倒した以上の怒りでぶっ飛ばすしかありません。
 6月13日に、「国鉄闘争の火を消すな」と呼びかける、新たな国鉄1047名闘争の全国運動が誕生しました。
 「連合」のように労働運動の指導部が政権に取り込まれ、労働運動破壊攻撃に屈服している中で、「絶対反対」の原則を貫く労働者階級の闘いが始まったのは、本当にすばらしいことです。ここにこそ、星野さんを取り戻す力があります。
 昨年の全国総会は、「労働者階級の闘いを中軸にすえ、広範な結集を勝ち取る」「権力・裁判所を決定的に追い詰め、勝利者として星野文昭さんを取り戻そう」(運動方針案)という勝利の方針を確立しました。
 今こそ、それを力強く前進させ、国家権力と不屈に対決して、階級的な団結を強化し拡大しましょう。それが国家権力を追い詰め、星野さんを奪還する道です。
 徳島刑務所は、今年前半、星野さんに対する連続懲罰・面会拒否等の攻撃をかけてきました。これは、ここ数年の闘いの前進に対する逆流です。
 これを打ち破り、星野文昭さんを必ず取り戻す不退転の決意で、以下、報告します。
〔1〕この1年間の攻防
(1).2009年全国総会
 昨年6月26、27日の全国総会は、08年7月14日の最高裁特別抗告棄却決定から約1年を経過した時点で開かれました。最高裁決定は、確定判決の柱であるKr供述の誤りを認めながら、結論は特別抗告棄却でした。事実認定で破綻しながらも、星野文昭さんを出さないという国家意思を示したのです。
 星野さんが言う通り、国家権力は「無実を百も承知」で、35年間も徳島刑務所に閉じ込めています。国家権力は、日本の政治情勢を激しく揺り動かした、70年安保・沖縄闘争の高揚に対して憎しみをつのらせ、その先頭で闘った星野さんに報復を加えています。「あのような闘いを二度とやらせない」と宣言しているのです。
 これをどうやって打ち破るか、私たちは身を焼くような怒りと悔しさの中で、2日間、熱烈に論議しました。私たちの運動には、「星野さんを取り戻したい」という思いで、さまざまな人が参加しています。しかし、あいまいな方針や運動では、絶対に星野さんを取り戻すことはできません。
 「星野文昭さんを取り戻すには、日本全体を揺るがす広範な闘いと結合し、私たち自身がその一翼を担うことが必要」(運動方針案)と確認しました。
 これらの論議をまとめたのが、「7項目の確認」です。私たちの運動は、昨年の全国総会をもって、新たに出発しました。
 1996年以来の第1次再審闘争を全力で取り組んできた地平に踏まえながら、どこに勝利への飛躍点があるのか必死に議論し、「労働者階級の力で星野さんを取り戻そう」という大方針を明確にしたのです。
 星野さん自身も、「労働者階級の解放と星野奪還は一体の闘い」と熱烈なメッセージを送っています。
(2).6・13大集会の勝利
 6月13日、1635人が集まり、国鉄1047名解雇撤回闘争の破壊で労働運動を壊滅させようとする民主党・連合政権、国労など「4者4団体」指導部と対決していく、新たな全国運動が誕生しました。
 1987年の国鉄分割・民営化は、20万人の国鉄労働者の首を切り、200人もの自殺者を出した、戦後最大の労働者階級への攻撃でした。レーガン・サッチャー・中曽根らの新自由主義攻撃は、労働組合を破壊し、労働者階級の団結を解体する世界的な攻撃だったのです。攻撃の核心は、動労千葉の解体です。
 これに対して、動労千葉は真っ向から闘い抜いてきました。そして、1047名が人生をかけて決起し、23年間もの解雇撤回闘争を貫いてきました。全国100万人の支援陣形もありました。この闘いが、労働運動解体を許さず、改憲攻撃を阻んできました。
 ところが民主党・連合政権と「4者4団体」は、「4・9政治和解」と称して、1047名闘争を終焉させようとしました。不屈に闘ってきた闘争団に、「国鉄分割・民営化は正しかった」、「訴訟は全部取り下げる」、「今後は雇用の存在も不当労働行為も一切争わない」という条件を強制しました。こんなものに屈服したら、労働組合は意味のないものにされ、労働者階級の闘いそのものが、根底から崩れてしまいます。
 動労千葉と国労闘争団4名が、どこまでも不屈に、労働者階級の勝利まで闘うと立ち上がりました。6000万労働者、2000万青年労働者の怒りと必ずや結合する壮大な闘いが始りました。
 まさにここに、星野闘争勝利の力があります。
 だからこそ、この集会の成功のために全力で闘い、全力で結集しました。そして、星野文昭さんを取り戻す、大きな展望を見出しました。
(3).新たな沖縄闘争の爆発
 4月25日の9万人県民大会、5・15〜17の沖縄闘争は、沖縄労働者階級の意思が基地撤去・安保粉砕であることをはっきりさせました。
 辺野古新基地建設は、日米の戦争体制を飛躍的に強化するもので、明白に北朝鮮、中国への侵略戦争を想定したものです。そのような日米国家のあり方と沖縄・本土を貫く労働者階級階級のあり方は、絶対に非和解です。
 沖縄の労働者階級が求めているのは、「普天間基地の移設」でも「負担軽減」でもありません。嘉手納を始めとするすべての基地の撤去であり、その根源である日米安保の粉砕です。
 日米安保同盟は、沖縄と本土の労働者階級の間に、そして日本と全世界の労働者階級の間に打ち込まれた分断のくさびです。これと徹底的に闘いぬき、階級的団結を、沖縄・日本・全世界の労働者階級人民の中によみがえらせよう。国際プロレタリアートの階級的団結こそ、日米安保同盟を粉砕し、沖縄の米軍基地撤去を実現していく力です。
敵は、日米帝国主義であり、菅・オバマです。そのすべてを打倒する闘いが始まりました。この闘いを止めることは、もはや、誰にもできません。沖縄は「日本革命の火薬庫」であり、その担い手は労働者階級です。
 にもかかわらず、本土と沖縄の違いをさまざまにあげつらい、分断を持ち込もうとする攻撃も絶えません。社民党が先頭になって主張している、「県外、国外移設」論もその一つです。
 「県外・国外」論議は、沖縄の労働者階級の闘いに対する、いわば「毒」を含んだ攻撃です。それは労働者階級の中に分断を持ち込み、沖縄の労働者階級に本土の労働者階級への不信をあおる思想となります。また、何よりも、沖縄の労働者階級の誇り高い闘いの歴史をおとしめ、結局、敵の県内移設攻撃=辺野古新基地建設に対して絶対反対で闘うのではなく、それを容認する思想となるものです。
しかし、沖縄の世論調査を見ると、「基地の無条件撤去」は38%で、「県外移設」は16・4%です。「安保容認」は1割以下しかありません。沖縄の労働者人民は、分断攻撃を打ち破って、階級的団結をつくり出すために闘っています。
国鉄闘争と安保・沖縄闘争は、ともにプロレタリアートの団結を復権し、発展させる闘いです。この闘いは二つにして、一つのものです。沖縄において、1047名解雇撤回闘争が、全力で推進されていることを学びました。5・15〜17闘争をもって、沖縄闘争と国鉄闘争は一体になりました。
 労働組合をよみがえらせるために、地を這うような活動が続けられていることを、現場に行って学びました。
ここに依拠することが星野闘争勝利の道です。逆に、そのことを明確にすることなく、統一戦線的広がりを追求しても、決して闘いは前進しません。むしろ、阻害要因になってしまいます。
 5・15〜17行動をもって、それまでのあり方を決定的に克服し、新たな沖縄闘争の爆発のために、全力で闘っていく決意です。
(4).第2次再審
 昨年11月27日に第2次再審を請求しました。
 翌28日には、430名が集まって全国集会を行いました。新しい方針の下で、星野文昭さんを取り戻す具体的な闘いが始まったのです。
 第2次再審請求書は、でっち上げ「供述調書」のみをもって星野さんに無期懲役を言い渡した確定判決を、完全に打ち破るものです。
 星野さん自身が先頭に立ち、確定判決と取り組みました。弁護団の全力あげた取り組み、再審弁護団事務局の奮闘が結実しました。また、膨大な記録のデジタル化がこの前進を保障しました。さらに、230万円の再審カンパの訴えに、全国の救う会が応えました。
 これらのすべてに、お礼を申し上げます。
 08年7月14日、最高裁は特別抗告を棄却しました。
 最高裁は、中村巡査殴打認定について、核心証拠にあたるKr供述の誤りを認めざるを得ない所に追い詰められました。11・14闘争当日の星野さんの服の色が、Krのいう「きつね色」ではなく、薄青であったと認定しました。しかし、服装の色は違っても、「後ろ姿」や「声」で星野さんが殴打していたことは認定できると強弁したのです。
 しかし、最高裁が事実問題に踏み込まざるを得ない所に追い詰められたことは、決定的に重要です。確定判決が揺らいだのです。
 27点の新証拠を添えた第2次再審請求は、最高裁決定の破綻を暴き、確定判決を崩壊させるものです。星野さんの無実を、物証をもって明らかにしています。
 @星野さんが持つ鉄パイプがまったく変化していないこと、A殴打現場にいれば見ることができない「NHK方向の車のフロントが光って見えた」こと、Bデモ隊の中に「きつね色」系の服装の人がいること等を明らかにしました。
 3月24日、再審弁護団は、34点の証拠開示を請求しました。その中心は、検察官がいまだに隠し持つ写真のネガと、民間人目撃者の供述調書です。
 6月10日に、第1回の「3者協議」が行われました。
 ネガは物証です。ネガを科学的に鑑定すれば、星野さんの無実が物証をもって証明されます。Kr供述は、「星野さんが激しく機動隊を殴打していた」としています。しかし、星野さんが持つ鉄パイプは、まったく変化していません。鉄パイプはまっすぐで、巻かれた紙に乱れありません。
 ネガが開示されれば、Kr供述がまったくのデタラメ、虚偽であることが、明らかになります。東京高裁に全国の声を集中して、34点の証拠を開示させましょう。
首都圏では、2月14日、3月14日に統一街宣を行いました。そして、2月と4月の2回、裁判所前街宣と東京高裁第11刑事部への申し入れ行動を行いました。各地の会から寄せられた「申し入れ書」や「抗議文」と共に提出した署名は、11,753筆になります。
 本日の総会の前にも、第3回目の申し入れ行動を行い、私たちの怒りを示す裁判所包囲デモを行いました。
(5).星野さんを取り戻す闘い
@ 全国の労働組合・労組交流センターの「星野奪還決議」「懲罰弾劾決議」が次々にあがり、労働組合の取り組みが開始されています。
2月7日の全国労組交流センター第17回総会は、「星野さんを取り戻す闘いは、階級的労働運動を甦らせる闘いそのものです」という特別決議を採択しました。
 これに続いて、群馬合同労組、岡山マスカット・ユニオン、東京西部交流センター、北部交流センター、三多摩交流センター、合同労組八王子等々、多数の決議があがり、星野闘争への取り組みを開始しています〔別紙・資料参照〕。
A 全国に結成された22の救援会が、熱烈に主体的に星野奪還の取り組みを開始しています。
 大小さまざまな再審学習会、10万人署名の取り組み、絵画展など、創意工夫をこらした前進が勝ち取られました。
特に『再審請求書』パンフレットの学習会と現地調査は、「星野さんは無実だ」という確信を参加者すべてに与えます。これが、星野闘争の大きなエネルギーを生み出しています。このエネルギーで街頭に飛び出し、全国で街宣が行われました。その中で、次々と新しい出会いが生れています。
各地で絵画展が開かれ、ここでも運動が広がっています。
4月25日には、「星野文昭誕生日ライブ」が渋谷で行われました。
千葉・取り戻す会、茨城・取り戻す会の総会が、これまで最高の参加者で行われました。
B 星野文昭さんに対する懲罰・面会拒否との闘いが激化しています。
昨年の全国総会からの大きな前進と飛躍に対して、星野再審闘争を圧殺しようとする大反動攻撃がかけられています。
3月10日、星野さんに「戒告」という懲罰がかけられました。2月28日の消灯後に1行だけ手紙に書き加えたことがその理由です。さらに、3月30から4月5日までの7日間、星野さんは「閉居罰」にされました。3月12日の昼食に出た「ぜんざい」の一部を私物のケースに入れ、早く冷まして食べようとしたことが、「物品の目的外使用」になると言うのです。
 「閉居罰」は、朝食後の7時半から夕点検の4時半まで、手をひざに置き、前を向いて座ることを強制されます。昼食と午前午後1回ずつのトイレ以外は立ち上がることもできません。ラジオも聴けず、本も読めません。手紙を出すことも受け取ることもできません。まさに、拷問そのものです。
 この懲罰を理由にして、「優遇区分」が3類から4類に降下されました。それまで1ヶ月に3回の面会が、2回に減らされました。
 5月20日、姫路から訪れた大野恭子さんの面会が拒否されました。
 5月28日には、「布川事件」再審請求人の桜井昌司さんの面会が拒否されました。桜井さんは、「冤罪と闘う仲間として星野さんを激励したい」と徳島に向かったのに、徳島刑務所は面会を不許可にしたのです。
 3月24日に徳島弁護士会が「面会拒否は人権侵害。再審を闘う受刑者と支援者の面会は速やかに認めるべき」という「勧告書」を徳島刑務所に送った後、最初の友人面会が、連続して不許可とされました。一切の自由を奪われて35年も獄中に閉じ込められている星野さんが、家族や友人と自由に面会できて当然です。再審を闘う上で、「勧告書」が言う通り、外の支援者との交流は必要不可欠です。
 6月10日、徳島の山川英之さん、洋子さんの面会が拒否されました。面会拒否は、連続3回、4人になりました。
 さらに、6月9日の面会で、星野暁子さんの送った手紙が、星野さんに届いていないことが判明しました。刑務所は、「手紙の一部を削除するため、すぐには交付できない」と言うのです。愛する妻が送った手紙を削るとは! 絶対に許せません! こんなことは、「26年間で初めて」です(星野暁子さん)。
 全国の力で、さらなる大前進をかちとり、これらの攻撃を打ち破りましょう。
C 獄中処遇をめぐる闘い
 2007年11月に発生した徳島刑務所の暴動は、星野さんを始めとする受刑者たちがどれほど劣悪な生活を強制されているかを示しました。衣食住のすべてが非人間的な管理と統制の下に置かれ、まともな医療も保障されないのです。居房にエアコンはなく、暑くても寒くても、自分では何もできません。その中で、「絶対服従」を強制されます。
 獄中闘争への攻撃が激化する中で、私たちは、獄中の星野さんと一体となり、星野さんの獄中闘争を防衛しぬくことを、星野奪還闘争の土台にしっかりと据えました。
 民主党政権下の刑務所の民営化という動きの中で、予算と職員を減らし、ひたすら管理を強化しています。星野さんの獄中での生活と権利を守り、人権侵害を許さない闘いは、普遍的闘いでもあります。
D 奥深山さん免訴の闘い
 奥深山幸男さんは、1971年11月14日、星野さんたちと共に闘い、一審で懲役15年の判決を受けました。控訴審が始まった後、精神疾患によって公判手続きが29年間も停止しています。
 奥深山さんに対して、裁判再開の攻撃がかけられています。29年間も裁判することができなかった奥深山さんに対しては、裁判手続きから直ちに解放する「免訴」以外にいかなる道もありません。
 東京高裁は、5月17日、村松太郎(慶応大学医学部准教授)の鑑定人尋問を行い、奥深山さんの裁判を再開しようとする攻撃を強めています。星野再審闘争と一体でこの奥深山さんに対する理不尽な攻撃を絶対に粉砕しよう。
[2]星野闘争をとりまく今日の情勢
(1).世界大恐慌の進展
 今日、世界大恐慌は、日々、進行し深化しています。
 商業マスコミや御用学者たちは、「底を打った」とか「回復に向かっている」と宣伝に努めていますが、まったくデタラメです。
 世界の主要国では、生産水準はいったん2分の1、3分の1レベルにまで低下しました。世界大恐慌の根源である過剰資本・過剰生産力は、まったく解決していません。
 大独占企業は、一切の矛盾を労働者階級に転嫁し、大失業が発生しました。アメリカでは、この数年間で1700万人の労働者が失業者として新たに放り出されました。全世界では、公式統計だけでも5000万人以上が失業者となっています。ILOの推計では、2009年の世界の失業者数が、前年比2660万人増の2億1150万人、失業率は0・8ポイント上昇の6・6%です。中国の失業者は、公式にも2億人と言われています。
 崩壊の危機にある巨大金融機関に、ありとあらゆる方法で資金が注入されました。これは、全世界のすべての国でほとんど一挙に、同時に行わました。
 このため、国家財政は、アメリカ、日本・EUなどすべての国々で恐るべき赤字になっています。今後も、延々と巨額の財政投入を続けることなしには経済は回らないのに、天文学的レベルの財政赤字を続けることはできない事態に陥っています。
 財政再建の嵐は、いまや経済問題のみならず、諸国家の政治的危機を巻き起こしています。財政再建とは、緊縮財政を取るということであり、公務員労働者を始めとする労働者階級への大量の人員整理、賃金カット、社会保障と福祉の削減、大増税を意味します。
ヨーロッパを襲った大恐慌の嵐は、ギリシャの財政崩壊がEUそのものの危機を引き起こすに至っています。ギリシャ以外にも、ユーロ圏ではすでにポルトガル、スペインの財政破綻、国債急落の危機が進んでおり、イタリアもそれに続く状況です。
(2).菅政権の本質
参議院選挙に向かう菅民主党・連合政権の本質は、打倒された鳩山政権以上に、<危機の時代のブルジョア政権>そのものです。
菅政権が行おうとしているのは、第1に、「5・28日米共同声明」の実行と辺野古新基地の建設です。第2は、「公務員制度改革」「新しい公共」「地域主催」をかかげた公務員労働者の大量首切りです。第3は、「財政健全化」をかかげた消費税の大増税です。
 菅政権は、「所信表明演説」で示したように、国と地方の長期債務820兆円の重圧にあえぎ、ギリシャのように労働者階級の怒りが革命的に爆発する情勢の到来に恐怖しています。だからこそ、一層凶暴化し、労働者階級に敵対する以外にありません。
 1980年代の国鉄分割・民営化が「赤字」を口実にする国鉄労働運動を解体攻撃であったのと同じように、菅新政権は、財政破綻を口実にして、4大産別(国鉄・自治体・教労・全逓)の労働組合を解体して、道州制による公務員労働者360万人首切りに道を開こうとしています。
 許せないことに、「時には自国のために代償を払う覚悟」などと言って、国家への忠誠と犠牲を求めています。この立場から、日米同盟の強化を強調して、辺野古新基地建設を強行しようとしています。
(3).沖縄の闘いの爆発
 今日、沖縄の新基地建設阻止は、日本の政治支配を揺るがす闘争になっています。69年「2・4ゼネスト」前夜のような情勢です。
 鳩山政権が「最低でも県外」と口にしたことが沖縄の労働者階級人民の「期待」を膨らませ、それを「裏切った」ことが怒りを倍加させているのは事実です。しかし核心問題は、「基地の島」の現実に対して「もう我慢できない!」という怒りが根底から爆発し始めたことです。求められているのは日米安保同盟の粉砕であり、沖縄米軍基地の全面的な撤去です。
 6月23日、菅首相は、「慰霊の日」を迎えた沖縄に乗り込み、そこで、「5・28日米合意の実行」=辺野古新基地建設強行を明らかにしました。沖縄の労働者人民にとって、これほどの侮辱ありません。沖縄の闘いは、国鉄を先頭とする全労働者階級の闘いと一体になり、必ずこれを打ち破ります。
(4).戦争国家体制にむかっての治安弾圧攻撃の激化 
 5月18日、憲法改悪のための「国民投票法」が施行されました。
 民主党は、自民党をも上回る改憲政党です。危機の時代の生き残りをかけて、9条改憲を中心とし、戦争と反動の支配体制をつくろうとしています。
 5月28日、北朝鮮関係船舶を対象とする貨物検査特別措置法(臨検法)が、参議院本会議で与党と公明党の賛成多数で可決、成立しました。
 北朝鮮に対する国連安全保障理事会の追加制裁決議を踏まえた措置で、「周辺事態」の認定がなくても、海上保安庁の艦艇による公海などでの検査が可能になります。
 昨年、裁判員裁判が始まりました。国会では全党が賛成し、最高裁や法務省のみならず、日弁連執行部も全力で推進しています。
 しかし、世論調査では、裁判員制度に反対する人がいまだに8割に上っています。5・18には「裁判員制度はいらない大運動」の集会に1800名が結集しました。
 労働者階級の怒りが高まり、労働者人民の闘いを圧殺するための、治安体制が著しく強化されています。
 北海道教組に対して、一人ひとり徹底的に分断し、屈服を迫る、許せない攻撃がかけられています。
 闘う者へのでっち上げ逮捕や不当捜索、反動判決が相次いでいます。
 5月24日、「時効の廃止」の刑事訴訟法改悪が成立しました。
 これまでの基準をふみはずし、死刑判決が著しく増加しています。
 無期懲役の判決も増え、「終身刑」化が進んでいます。
 
 刑務所の民営化と管理強化も進んでいます。
 星野さんへの懲罰や友人面会禁止の攻撃は、こうした中で起こっています。
(5).労働者階級の闘い
 労働者階級への攻勢は熾烈をきわめています。
 民営化、アウトソーシングを軸に解雇・リストラ、非正規化、低賃金、長時間強労働、社会保障解体と貧困化です。そしてこれら一切の核心に労働組合破壊の攻撃を据えて、労働者階級の団結をバラバラに砕き、資本による専制的職場支配の強化を狙ってきています。「道州制」攻撃は、360万人の公務員の首を切ることで労働者階級の組織的抵抗の拠点をバラバラに解体し、日本を戦争の出来る体制に転換するという大反動攻撃です。
 これに対して労働者階級が闘い抜くためには、労働者から仕事を奪い、生活を奪い、社会保障をはぎ取り、果ては戦争に駆り立て、労働者同士を殺し合わせるという攻撃を断固拒否し、階級的団結、組合的団結を打ち固めて、「労働者が生きられない社会はひっくり返すしかない」という立場で、「絶対反対」の闘いをあらゆるところでつらぬことであると思います。大恐慌のもとでは、この立場を曖昧にすることは、たちまち企業防衛、祖国防衛の立場に転落します。
 昨年10月以来の動労千葉や動労水戸、国労共闘の渾身の決起、そして平成採の青年労働者の怒りの噴出によって、JR東日本の検修・構内業務全面外注化の攻撃をぶっ飛ばしました。この勝利の中に動労千葉が呼びかける「国鉄分割・民営化絶対反対、1047名解雇撤回」を掲げた新たな全国大運動の具体的な中身、展望が鮮明に示されています。それは、戦後労働運動の限界を突き破り、大恐慌の時代に立ち向かうまったく新たな労働運動です。
闘いは、全世界で燃え上がっています。
ギリシャでは、何派も繰り返しストライキが闘われています。フランス、イタリアでは大デモが行われ、スペインでもゼネストが呼びかけられています。
 中国では、青年労働者を先頭とするストライキで、トヨタ・ホンダの工場がストップする事態を迎えています。
 国際連帯も、大きく前進しています。動労千葉など3組合が呼びかけてきた、11月労働者集会が、労働者階級の国境をこえた団結をつくり出しています。
〔3〕2010年運動方針
(1).国鉄分割・民営化反対、1047名解雇撤回、新たな全国運動
 星野文昭さんを取り戻す力は、労働者階級の決起にあります。
 6月13に発足した、「国鉄分割・民営化反対、1047名解雇撤回、新たな全国運動」を、私たち自身の課題として、全力で闘いましょう。
 連合が民主党と「政策協定」を結び、「産業報国会」としての本質をさらしています。原則的・階級的な労働運動が、困難な状況になっいます。新たに始まった全国運動は、その状況を根底から打ち破るものです。
 この運動は、誰かがやるのではなく、私たちがやって行きましょう。その力で、星野さんを取り戻す展望を開くのです。
 具体的な取り組みとしては、以下のことがあります。
・全国で、物販に取り組みましょう。
・全国の階級的原則的に闘う労働組合、労働運動と交流しましよう。
・動労千葉、港合同、関西地区生コン支部の3労組が呼びかける「11月労働者総決起集会」の成功のために、全力で闘いましょう。
 この間、「11月労働者総決起集会」では、毎年星野さんのメッセージがプログラムに掲載されてきました。
 この集会はまた、国際連帯集会でもあります。
(2).10万人署名をやり抜こう
<労働組合に分け入ろう>
 「新10万人署名」を武器に、全国すべての労働組合に分け入ろう。
 昨年の全国総会で、私たちは、「松川裁判闘争」の教訓を学びました。その核心は、共産党員が大多数の被告団とその家族が、「無実の者を殺すな」と総評傘下の労働組合に必死で訴えに入り、いわば「党派闘争」の苦難の末に、現場労働者の理解と支持を獲得し、ついには総評全体を動かした点にあると思います。そのことが、総評全体の戦闘的な転換にとっても、重要な役割を果たしました。その際、労働争議の現場に出かけて行って、闘いを担っている労働者たちと直接ふれ合い、結合したことが、特に重要だと言われています。
 現在、私たちの前に立ちはだかる体制内労働運動の壁は強固で巨大に見えます。しかし、この壁は必ず打ち砕くことができます。星野さんの闘いは根本的に人間解放の立場に立ちきった闘いだからです。
 星野さんの獄中35年・非転向の闘いは、正に階級的原則を貫く闘いです。必ず現場労働者の心を捉えます。
・各地の「会」は大胆に、労働組合の門を叩こう。そして、労組まるごとの「署名運動」への取組みと、労組として「賛同会員」となることを訴えましょう。
・この行動を通して、その組合に「星野賛同会員=活動家」を作ろう。
<街頭に飛び出そう>
 「新10万人署名」を武器に、全国の街頭に飛び出そう。
・街頭には怒りが満ち、闘いを求める学生・青年労働者があふれています。不正義や国家権力の横暴を許さず、平和と人権を愛し、戦争や基地に反対する市民、宗教者の皆さんが行き交っています。一人でも多くの人々に声をかけ、星野さんの存在と闘いを訴えましょう。
・署名に応じることを呼びかけ、更には署名を一緒に集めてくれることを訴えましょう。
 無実の星野文昭さんを取り戻す闘いは、どのような人たちも参加することができる普遍的な運動です。署名運動は、誰でもできる運動です。
・学者・文化人、宗教者、芸術家等、救援運動、市民運動の広がりを作り出そう。
<組織拡大を勝ちとろう>
 各地の「会」の飛躍的な強化・発展を勝ち取ろう。
 日常活動を通して、賛同会員を拡大しましょう。
・『星野再審ニュース』
 各地の「会」の生き生きとした活動報告、積極的な意見、地域の労働運動の前進などを投稿し、より充実した『ニュース』を共に作っていきましょう。
<財政闘争>
 再審闘争の前進も、運動の発展も、一切は財政の規模に規定されます。目的意識的に財政闘争に取り組みましょう。
・署名活動の際に、決して無理強いすることなく、しかし、真っ向からカンパを訴えましょう。
・第2次再審勝利のため、多額の費用が必要です。それを広範な大衆に訴えることは、不可欠な闘いです。
<全国集会>
 11月27日(土)
 新宿区・牛込箪笥区民ホールを予定しています。
 
(3).再審闘争
 星野文昭さんは無実です。星野さんを有罪とする物的証拠など一切ありません。
 27点の新証拠を添えた昨年11月の第2次再審請求は、本年3月の、検察官が隠し持つ34点の証拠開示請求と共に裁判所、検察官を圧倒的に追い詰めています。
 この地平の上に立って、原則的に再審闘争に取り組んで行きます。
第1.厳島鑑定書
 確定判決を打ち砕く第1の課題はでっち上げ供述の信用性を徹底的に弾劾することです。星野さんを有罪に導いた6人の供述は全てが虚偽です。検察官の作り話であるが故に矛盾に満ちています。日大の厳島教授に、心理学的知見から供述分析を依頼しています。
・11月の全国集会までに、「厳島鑑定書」を柱とした補充書を提出します。
第2.証拠開示請求
 確定判決を打ち砕くために、第2の課題として、星野さんの無実を示す証拠の開示を何としても勝ち取りましょう。
・6月10日には、弁護団、裁判所、検察官の三者協議が行われました。私たちの運動がこの事態を切り開いたのです。
 次回は、8月11日です。
・星野さんの無実を示す証拠の存在を大衆的に暴露し、検察官、裁判所を追いつめ、何としても開示させましょう。
第3.学習会
 星野文昭さんの「陳述書」と「第2次再審請求書」の学習会をもっと広範に、何度でも行うことで、より多くの人に、星野さん無実の確信を持ってもらい、また自身の星野さん無実への確信を深めましょう。
・星野さん無実の確信が深ければ深いほど、宣伝・扇動の迫力が出ます。それだけ聞く人の心を捉えます。
・現実に労働組合に入り、あるいは街頭に立てば、新たに学習会への欲求が生まれるはずです。何度でも学習会を組織しましょう。
第4.現地調査
 現地調査を行うことで、6人の供述のでっち上げ、星野さんの無実を体で感じることが出来ます。まだ現地に足を運んだことのない方は、是非現地調査に参加しましょう。
 現地調査は、全国の救援会の強化と発展に必ずつながります。そのような観点からも、積極的に現地調査に取り組みましょう。
 また、新たな問題意識の上に、何度でも参加されることを訴えます。
・事務局は、機会ある事に現地調査を設定します。参加された方からの感想、不十分な点のご指摘を頂き、より分かりやすい説明を行えるように努力します。
(4).星野文昭さんを防衛し、必ず取り戻そう
1.星野文昭さんの闘い
1971年11月14日、星野文昭さんたちは、目前に迫った沖縄「返還」協定の批准
を阻止するために闘いました。
 ベトナム戦争では、最大時、50万人を超える米軍がベトナムに送られました。その大半が、沖縄から出撃したのです。しかし、沖縄の米軍基地は反戦闘争に包囲され、極めて不安定な状況にありました。さらに、基地撤去と米軍政からの解放を求める本土復帰闘争が激しく燃え上がっていました。
 これに追い詰められた日米政府は、沖縄の願いに応えるかのようなポーズをとりながら、実は、それを踏みにじり、米軍基地の永続化をはかる文字通りのペテン的な「返還」政策を強行しました。
 星野さんたちの闘いは、本土と沖縄の労働者の連帯をかけた決起でした。
71年11月10日、「返還」協定の批准に反対する沖縄全島ゼネストが闘われました。直接参加者が15万人、何らかの形でかかわった人は総計70万人に達すると言われています。
 闘いの主力は労働者でした。デモ隊の4分の3が労働者、4分の1が学生でした。このような闘いは、1日にしてできたのではありません。60年代前半以来、職場での闘いを進め、65年「反戦青年委員会」結成以降は、政治闘争も強力に展開されて来ました。それらのすべてを結集した決起が、71年11月の闘いなのです。
 全国の労働者はクビをかけ、人生をかけて決起しました。池袋駅では、大阪から上京した教育労働者・永田典子さんが機動隊に虐殺されました。渋谷に突入した労働者・学生は、そこに集まった大衆と合流し、深夜まで闘い抜きました。デモ隊の前に立ちはだかった機動隊は各所で打ち破られ、1名が死亡しました。
1971年の春から夏、星野さんは三里塚の長原公民館に常駐して闘いました。
 成田空港建設のため農地を強奪しようとする攻撃に対して、全国から労働者・学生が集まって実力阻止のために闘ったのです。7月の仮処分阻止闘争、9月の第2次強制代執行阻止闘争で2件の全国指名手配を受けながら、それを跳ね返して、星野さんは11月14日の闘いに決起しました。
市東孝雄さんの畑には、「星の木」が植えられ、根付いています。
 70年安保・沖縄闘争は、戦後日本の階級闘争の頂点をなすものでした。
 これに国家権力が恐怖し、革共同への破防法の適用、民間反革命の登場と一体で、星野さんへのでっち上げ攻撃を行ったのです。
 星野さんは、自ら先頭で切り開いた闘いの歴史的意義と正義を確信し、弾圧に屈せず、真正面から対峙して闘い続けてきました。それが35年間の非転向の闘いです。
 これが、今日の階級情勢の中で、不屈に闘う労働者の心をとらえようとしています。とりわけ、青年労働者・学生が星野さんの闘いに強い共感を寄せています。
全学連は、「星野さんのように闘おう」、そして「星野さんを取り戻そう」と訴えています。星野さんの闘いが、青年労働者・学生の闘いと一体になって、勝利の展望を開く時が来たといえます。
2.星野文昭さんの防衛・支援の闘い
 星野闘争の主体は、星野文昭さん自身です。
 3月以来、星野さんへの2回の「懲罰」、それを口実とした「優遇区分」下げ=面会回数の削減、友人面会の拒否、手紙の「一部抹消」=交付「遅延」と、連続的な攻撃が加えられています。
 これらはすべて、不屈・非転向で闘う星野さんを屈服させようとする許せない攻撃です。
 星野さんは、35年間、毎日、国家権力と闘い続けています。国家の暴力に屈せず闘い抜けば、必ず労働者人民は立ち上がることを確信して、生き抜き、闘っています。この星野さんを国家権力の攻撃から防衛し、星野さんとの団結を星野闘争の土台にしっかりと据えましょう。
 星野暁子さんは、星野さんと文字通り一心同体で闘っています。
 家族の皆さんは、星野さんと一体で闘っています。
 星野さんの日々の闘いは、獄壁を打ち続けています。星野さんの闘いと固く団結し、絶対に星野さんと共に獄壁を打ち破ろう。
3.具体的な闘い
 再審闘争の前進と、運動の飛躍的な発展で星野さんを大きく包み込みましょう。この闘いが、土台となります。
次に、「懲罰」の理不尽さを、具体的に徹底的に全社会的に暴露することです。
 腹の底からの怒りを燃え立たせ、「懲罰」弾劾の大運動を巻き起こしましょう。徳島刑務所を労働者階級人民の怒りと弾劾の声で包囲しましょう。
さらに、面会妨害を絶対に打ち破ることです。
 徳島弁護士会の「勧告書」を真っ向から踏みにじる徳島刑務所の攻撃を、絶対に打ち破りましょう。
ここでも、重要なことは全国からの怒りと抗議です。各地の会は、自ら抗議文を送ると共に、地元の労組、交流センター等に呼びかけてください。
 法的反撃も行います。
 すでに、弁護士会からの「照会」、人権擁護委員会への申し立てを行いました。
 徳島刑務所が行った不当な面会拒否に対して、国家賠償を求める訴訟も行います。地元と全国が一体になり、全力で反撃しましょう。
 星野さんへの激励の手紙・ハガキを送ってください。
 「星野さんへの『懲罰』を許しません」とたった一言添えた絵ハガキでも十分です。
 先ず自分が出し、次に職場の同僚に、理不尽な星野さんへの「懲罰」の実体を訴え、激励の手紙・ハガキを出すことを訴えてください。
(5).奥深山闘争
 奥深山幸男さんは、星野さん、荒川さんと共に、第一審の裁判を闘いました。すでに30年を超える闘病生活を続けながら、生きる権利を守るために免訴=裁判の打ち切りを求めています。
 奥深山さんは、星野さんと同じく、無実です。無実の奥深山さんにこれほど長く被告人の立場を強いることは許せないことです。奥深山さんの裁判の打ち切り=免訴を要求し、東京高裁による裁判の開始策動を打ち砕こう。
〔むすび〕星野文昭さんを絶対に取り戻そう
 私たちが全国から集まり、総会を行っているこの瞬間も、星野文昭さんは徳島刑務所で闘っています。私たちの目標は、1日も早く無実の星野さんを取り戻すことです。
 そのためには、政治的・階級的力関係全体を、私たち自身の闘いで変えて行かなければなりません。新たに始まった「国鉄闘争の火を消すな」という全国運動と一体で闘うことによって、必ず道は開かれます。
 不屈・非転向で闘う星野文昭さんと固く団結し、共に前進しましょう。
 再審無罪・即時釈放へ、全国で闘いましょう。
    
以上です

平成21年(お)第10号 

申  し  入  れ  書

                 東京高等裁判所第11刑事部 御中

                       2010年6月25日

   星野文昭 家族             妻    星野 暁子
                       兄    星野 治男
                       弟    星野 修三
                       叔父   星野 四郎
                       従兄   星野 誉夫

   星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議

  連絡先      星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議
            東京都港区新橋 2−8−16 石田ビル4階
            電話 03−3591−8224


 私たちは、1971年11月14日の渋谷闘争に関する殺人等被告事件により無期懲役刑に処せられ、現在、貴裁判所に再審を請求している星野文昭の家族ならびに支援運動にたずさわる者です。
 私たちは、以下の申し入れを行います。

          申 し 入 れ の 趣 旨

 1.検察官に対して、証拠の開示を命じてください。
 3月24日、再審弁護団は34点の証拠開示を求めました。
 6月10日には、それに基づく3者協議が行われました。
 星野文昭の無実を明らかにするためには、検察官が未だに隠し持っている全証拠を開示することが必要です。
 ただちに全証拠を開示するよう、検察官に命じてください。

 2.事実調べを行ってください。
 再審を開始する決定を行うためには、事実調べが不可欠です。
 34点の証拠を検察官に開示させて、再審請求書に添付した27点の新証拠と共に、事実調べを行ってください。

 3.再審を開始してください。
 星野文昭は無実です。1983年7月13日に東京高等裁判所第11刑事部が言い渡した星野文昭を無期懲役とする判決(以下、確定判決)は誤っています。
 2009年11月27日、星野文昭は、第2次となる再審請求を行いました。刑事訴訟法第435条第6号および第448条により再審を開始する決定を行ってください。

          申 し 入 れ の 理 由

〔1〕検察官に対して、証拠開示を命じてください

 3月24日に再審弁護団が開示を請求した34点の証拠は、いずれも星野文昭の無実を証明する重要なものです。
 中でも、写真のネガは、星野文昭が中村巡査の殴打を行っていないことを直接に証明します。
 神山交番前で警察官・中村邦男が撮影した写真と、東急本店前で同・佐藤憲三が撮影した写真に、いずれも星野文昭が写っています。それぞれ右手に鉄パイプを持っていますが、それがまったく変化していないことが分かります。鉄パイプは曲がっておらず、巻かれた紙も乱れていません。
 確定判決の核心証拠と言うべきKrの供述調書は、「星野さんは鉄パイプで激しく機動隊員を殴りつけていました」と述べています。もしその通りなら、鉄パイプに巻かれた紙は乱れているはずです。鉄パイプそのものも曲がってしまうと考えられます。
 しかし、本件殴打現場とされる梅沢米店の前も後も、星野文昭が持つ鉄パイプに変化がないのです。
 このことをより厳密に検討するためには、ネガの開示が不可欠です。写真の専門家によると、「プリントとネガでは、情報量がまったく違う」とのことです。
 原審第1審と平行して審理が進められた東京地方裁判所刑事第6部において、検察官は「中村邦男撮影の写真撮影報告書添付写真のネガの所在が分かったので、閲覧に供する」と公判廷で述べています(第13回公判調書添付の「証拠関係カード」)。ここに明言されているように、ネガは存在するのです。
 検察官の常套手段である「不見当、見当たらない」等という言い逃れは許されません。貴裁判所の責任において、必ず開示させてください。

〔2〕事実調べを行ってください

確定判決が認定する星野文昭の行為は、@中村巡査を鉄パイプで直接殴打した、A倒れた中村巡査に火炎ビンを投げるよう支持した、という2つです。
 この確定判決の事実認定は、2008年7月14日の最高裁特別抗告棄却決定によって大きく揺らいでいます。
 最高裁は、最も重要なKrの供述に誤りがあることを認めました。すなわち、本件当日の星野文昭の服装が、Krの言う「きつね色」ではなく、「薄青」であったことを認めたのです。にもかかわらず、Krは星野文昭のことを「後ろ姿でも分かる」とか「声でも分かる」と強弁し、特別抗告を棄却しました。
第2次再審は、この上で審理されなければなりません。
 27点の証拠と34点の証拠の事実調べを行ってください。

〔3〕再審開始を決定してください

 確定判決は、原審第1審判決(懲役20年)を破棄し、星野文昭に無期懲役を言い渡しました。その根拠は、殴打の段階では「未必的殺意」であったものが、火炎びん投てきの段階では「確定的殺意」に変わったとしています。
 しかし、これは誤りです。
 上記の事実を裏付ける物的証拠は何一つありません。あるのは、事実に基づかない推測だけです。そもそも星野文昭は無実であり、2つの行為など行っていないのです。
 星野文昭は無実の罪で無期懲役を宣告され、今日まで35年間の獄中生活を強いられています。
 私たちは、1日も早い星野文昭の再審無罪・釈放を願っています。
 「白鳥決定」(1975年5月20日、最高裁第1小法廷)は、新旧証拠の総合的判断を求めています。この趣旨にのっとって証拠調べを行えば、星野文昭の無実は明らかです。どうか、再審開始を決定してください。


〔むすび〕
 私たちは、6月10日に、3者協議が行われたことに大きな期待を持ちました。
 最近は、再審状況全体に、変化が生じているようにも感じます。
 本年7月9日には、いわゆる「布川事件」の再審第1回公判が開かれます。早ければ、年内にも無罪が言い渡されると見られます。
 東京高等裁判所第11刑事部の先輩裁判官が犯した過ちを正してください。再審制度の精神にのっとって審理を行ってください。

 ただちに、再審開始の決定を出してください。

                           以上

4月10日、徳島刑務所請願行動

1,面会と請願行動
4月10日、星野暁子さんと」星のつどい・豊中」のお二人が、星野文昭さんと面会しました。
その後、6団体、10名による請願・申し入れ行動をおこないましたので報告します。

  請願内容は、
(1)星野文昭の個別処遇 (絵画クラブへの復帰、面会の時絵を見せることの許可、手紙のカットの許可、仮釈放、立会い・アクリル板なしの家族面会)
(2)徳島刑務所の懲罰を乱発する処遇の改善 
(3)医療虐待について責任ある対応(松岡医師の更迭、受刑者への謝罪、医療虐待があったことを認めよ。外部の医師に見せよ。医療と保安の分離等)です。
 翌日の暁子さんの面会では、事件の後禁じられていたのですが、宅下げされた星野さんの絵を面会室に持ち込み絵について話しあうことが許可になりました。申し入れの成果です。

2,徳島刑務所の医療問題について
松岡医師の異動後、新たな医師が補充されておらず一人体制のため、受刑者は病気であってもすぐ診てもらえず、待機していなければいけない状態だということでした。

 3月29日付けで発表された法務省矯正局の見解は、「適正な医療の範囲であって、虐待とまでは言えない。直腸指診をする時、本人の承諾を得ていないなど、問題はあった」というもののようです。東京新聞では、「適正な医療範囲」、徳島新聞では、「問題を認めた」と報道されました。いずれにしても、進行している「告訴」対策として、責任逃れができるような曖昧な見解であることは、明らかなようです。

 全国の刑務所の格差づくり、LB刑務所の厳罰化等、法務省方針が突出する中で起きたのが、徳島刑務所の医療虐待問題です。その解決のためには、法務省への働きかけ、社会問題化など、継続した取り組みが必要です。

3,記者会見
 暁子さんと豊中の女性を中心に記者会見をしました。暁子さんからは「今回の申し入れは、徳島刑務所の医療虐待、厳罰主義への初めての申し入れであること、家族が申し入れることで、文昭に「害」が及んではならないと思い悩んだが、このままアブグレイブ刑務所と同じ受刑者への性虐待許していては、文昭の人権も守れないと思い、申し入れと記者会見に踏み切った」と話しました。

 この様子は「徳島新聞」「朝日新聞」に掲載され、四国放送の夕方のニュースで放映されました。


星野さんは無実です。
 1971年11月14日、沖縄返還協定批准阻止のデモに参加した星野文昭さんは、デモ隊と機動隊の衝突の中で、一人の警察官の死に対して「殺人罪」をデッチあげられ、無期懲役刑の判決を下されました。裁判所は何一つ物的証拠もないにもかかわらず、また全く真実に迫ろうとする態度を見せないまま、過酷な判決を星野さんに下したのです。無実であるにもかかわらず、国家権力の政治的敵意によって、星野さんは報復を受けたのです。
 逮捕以来獄中20年余を経て、1996年4月17日、星野さんは屈することなく、再審請求書を、東京高等裁判所に提出し、自分の無実を証し、正しい裁判をもう一度開かせるための一歩を踏み出しました。
 昔、戦争に反対した人々が牢に満ちたことがありました。私たちは現在もなお同じことが国家によって行われているというこの事実を、眼を反らすことなく見つめなければならないと思います。戦争に反対して30年以上もの間獄に囚われ続けている星野文昭さんを、一刻も早く取り戻すために、多くの方々のお力添えを心よりお願いする次第です。

・・・私はやっていない。
  私は一審以来一貫して主張してきたように、中村巡査を殴打していないし、中村巡査への火炎瓶投てきの指示を一切していない。
 このことを私は、私の良心と、人間としての全存在にかけて、一転の曇りもなく言い切ることが出来る。
 何ものによっても覆すことのできない、真実なのだ。
 確定判決が、私が中村巡査を殴打し、さらに私が火炎瓶投てきを指示したと認定したことは、百パーセント事実に反する。
 この誤った事実認定による無期懲役の判決を、私は断じて受け入れるわけにはいかない。
 事実でない、やっていない、無実なのに、無期懲役を強いられる。一体、こんな理不尽なことがあるだろうか。こんな不当なことがあるだろうか。
 人間として当たり前の生活、人生そのもの、自由そのものを根本から奪われ、家族や友人や社会から獄壁で隔絶され、それも二度と自由の大地で妻・家族や友人たちと手を握り、抱きしめ合うことさえ許されないまま、監獄ゆえに様々な形で人間としての存在も尊厳も踏みにじられ、心身の健康が侵され、そうしてやがて獄で朽ち果てるまで死ぬまで服役生活を強いられる。人間としての一生が踏みにじられる、これが私が確定判決によって強いられている無期懲役の現実であり、未来である。
 それも、やっていないのに、無実なのにだ。
 人間として、一体これほどの無念があるだろうか。世の中に、これほどの理不尽があるだろうか。
 無実なのに、真実を追求することに徹すれば、おのずとそのことが明らかなのに、殺人罪によって逮捕・起訴されたときの驚きと怒りと憤りは、いまも胸に湧き起こってくる。
 そして、一審において、無実であるにもかかわらず、また、公判廷において真実のみに迫ることに徹すれば、おのずと私の無実が明らかなのに、死刑の求刑を受け、懲役二十年の判決を受けたときの驚き、怒りと憤り、無念は、今も、激しく胸に湧き起こってくる。
さらに、二審において、無実であるにもかかわらず、公判廷において真実のみに迫り、事実を事実として認定すれば、私の無実が明らかなのに、私の現在を決定づけた無期懲役の判決(確定判決)が下されたときの、そのあまりの理不尽、不当への血の逆流するような怒りと思いを私は決して忘れることは出来ない。それは、日々、新たに激しく胸に湧き起こる。
 そして、無実であるのに、真実そのものが踏みにじられて上告が棄却された。
 これによって私は、無実であるにもかかわらず、人間として自由に生きることの全てを根本から奪われ、無期懲役の執行を日々強いられているのだ。
 無実であるのに、一生獄壁の中に閉じ込められ、人間として自由に生きることの全てを根本から奪われ、人間としてのもっとも根本的な屈辱を強いられ、心身の健康をも奪う獄中で死を強いられる。この、人間の怒りとくやしさ、無念と憤り、そして、この中で日々生きること、なお、人間として生き抜こうとすることの辛苦、困苦は、これを経験した者のみが知ることだろう。
 無実の者が、無期懲役をこのように強いられる理不尽さは、(私だけでなく全ての)人間が人間として、人間らしく当たり前に生きるという現在と未来を根本から踏みにじり、奪うものとして、全てを奪い、生きる意志さえ奪うほどのものである。
 私から全てを奪うだけではない。私が愛し、私を愛するかけがえのない家族の生きる希望と、全てを奪うものだ。
 このような理不尽は、一日として許されることではないのだ。
 無実の私が、無期懲役を強いられているというこの辛苦、困苦をのりこえてこられたのは、この理不尽への怒りと、当事者としてこの理不尽を絶対に覆すことの責務と、そして何よりも、真実は必ず勝つ、真実と「人間が人間である限り、人間が、全ての人間が人間らしく当たり前に生きる未来を築き、つくっていく」という正義が、必ず、全ての人々を獲得し、いかなる虚偽も、理不尽も、暴虐も覆し、世界を、未来を獲得する力になるという確信である。  ・・・・・ 
「星野文昭 陳述書より」
星野文昭さんはこんな人です
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星野文昭さんの歩み
1946.4.27  札幌市に生まれる  

1961.4 道立月寒高校入学、翌年、生徒会長をつとめる

1966.4 高崎経済大学入学、不正入試阻止闘争に参加
    (記録映画「圧殺の杜」に登場)し、不当処分

1967 同大学第7期代議員会議長就任

1969 同大学再建自治会執行委員会副委員長就任

1971春 成田国際空港反対闘争支援のため千葉県三里塚に常駐
    7月、9月の闘争で指名手配を受ける

1971.11.14 沖縄返還協定批准阻止闘争(渋谷闘争)に参加
1名の機動隊員がデモ隊との衝突で火傷死(渋谷事件)

1972.2.21 渋谷事件で殺人罪指名手配を受ける

1975.8.6 不当逮捕

1979.2.13 死刑求刑、死刑阻止12万署名集まる
  8.21 一審判決懲役20年 

1981.7 東京拘置所移監、4次にわたる懲罰

1983.7.13 二審判決、無期懲役刑

1986.9.17 暁子さんと獄中結婚

1987.7.17 上告棄却・無期懲役刑確定
10.30 徳島刑務所移監

1990.9.27 父・三郎さん逝去

1996.4.17 再審請求
   8 「ゴキブリを踏んだ足を洗った」として20日間の懲罰
     3級から4級に降級(1997.1に復帰)

1999.9.3 東京高裁求意見書
   10.25 意見書提出

2000.2.22 棄却決定
   2.24 異議申立
   9,26 補充書1提出
   12.27 補充書2提出

2003.12.22 補充書3提出

2004.1.19 異議申立棄却
   2.2 級進級(家族との週一回の面会と信書)
   2.23 特別抗告

2004.9.28 特別抗告理由書提出
   11.25 第一回最高裁要請行動

2005.2.2 第二回最高裁要請行動

   10.19 第三回最高裁要請行動
   11.13 全国集会in大阪
   11.14 徳島刑務所、四国地方更生保護委員会要請行動

2006.1.17 徳島県弁護士会人権擁護委員会へ人権救済申立
      (星野さんの外部交通権に関した受信の自由)
   2/15  第四回最高裁要請行動

   5.24 立会人なし弁護団面会を勝ち取る
   6.6 22年振りの友人面会を勝ち取る
     ●以降、月3回面会の内、基本的に1回を友人面会にあてる
      また、受信が基本的に自由になった(発信は制限)ので、
      外から直接に手紙が出せるようになる。400通以上が
      来ている)
6.14 第5回最高裁要請行動
   7.7-8 全国集会in北海道
   7.12 徳島県弁護士会仁賢擁護委員会「警告」決定