メッセージ   星野文昭さんからのメッセージをお届けします
星野さんをとり戻そう! 全国再審連絡会議
2010年全国総会へのメッセージ

2010年6月   星野 文昭 

 今年の総会には、皆さんが再審・釈放をかちとる確かな手応えを感じて参加していることと思います。
 昨年11月の第2次再審請求以降、請求書・陳述書の学習、岩井弁護人講演DVDの学習を中軸におきながら、各会における例会、街頭宣伝、署名、絵画展などの取り組みを強めつつ、諸労組・労組交流センターで取り組みの決議をかちとり、労働運動における本格的取り組みが開始され、市民・社会各層を含め全社会的な再審・釈放をかちとる運動の本格的発展へ、試行錯誤しつつ大きな歩みをかちとってきたことを実感しつつ、本総会をかちとれることを心から感謝し、喜んでいます。

突き破らなければならない壁への挑戦

 暁子・家族と共に、第1次再審特別抗告棄却を受けて、再審・釈放をかちとるために、どうしても突き破らなければならない壁への挑戦が、私たちに突きつけられました。

 一つは、再審の場で勝負し、勝利する、その内容を絶対にかちとること。そのために、供述がまったくの虚構であることを不動のものとし、同時に私の無実を不動のものにすること。
 二つは、権力は、再審の場だけで、供述の虚構と私の無実が明らかになっても、それが社会的な力をもたないと、権力それ自身の力でそれらを平気で踏みにじることを見据え、無実には再審、無罪、釈放を! の声を圧倒的な社会的な声、力にすることで、それでも再審、無罪、釈放を決定しなければ、裁判所(・検察)が裁判所(・検察)として成り立たない、存在しえないという所まで追い詰めて、再審、無罪、釈放をかちとること。
 三つは、 そのためには、星野無期が、沖縄・労働者人民の闘いを圧殺して、沖縄への基地犠牲、労働者人民への犠牲をどこまでも強い続けて、資本・権力が自らの体制を維持するために、無実を百も承知で強い続けて、35年も投獄している、こんな理不尽なことを許せるのか、沖縄とすべての労働者人民の解放をかけて許さず、取り戻そう! ということをストレートに訴え、沖縄とすべての労働者人民の解放の闘いと一つに、星野解放−再審、無罪、釈放をかちとること。実はそのことが最も多くの労働者人民の心を揺さぶり獲得すること。

 四つに、そのなかで、何より私自身が、無期獄中をうち破って、暁子・家族、仲間・友人、すべての労働者人民と一つに闘っているのか、そうできているのか、ということがありました。
 とりわけ、これまでの過程で、自らの闘いの弱さ、不十分さが、暁子に大きなしわ寄せを集中し、それを打ち破って、改めて無期と、すべての現実に立ち向かって闘うこと、そこからの解放を、暁子・家族、すべての労働者人民と一つに力を合わせてかちとることが問われ、それに全存在をかけて挑戦してきたということがあり、それが、一つ目から三つ目も含めたこの間の挑戦になっています。

獄壁による分断を打ち破って

 そのようにして、今、手にしているものは、改めて、獄壁による分断を打ち破って、暁子・家族、仲間・友人、すべての労働者人民とすべてを共有し、一つに団結し、力を合わせて未来・解放を開く、ということです。

 無期投獄が、獄壁による分断・弾圧によって、孤立させすべてを奪い、生きる意志さえ奪おうというものであることに対して、どこまでも家族・労働者人民と共にあり、その怒り、思い(自己解放への根底的欲求)、生活、闘いを自らのものとし、自ら(家族)の解放とすべての労働者人民の解放を一つのものとして(すべての労働者人民の人間的解放のなかに、自ら(家族)の人間的解放があるものとして)共に力を合わせ、団結して、無期投獄を含め、全現実を変え、解放をかちとる星野の闘いは、そのようなものです。
 そしてそれは、暁子と共に、無期を含めすべてに立ち向かい未来を開く、その一つひとつを積み重ねることによって、あらゆる困難をのりこえ、未来を開く、ということに支えられ可能になっています。また、今日、多くの友人、闘う仲間が、私たちの思い、闘いを受け止め、これまでの殻を大きく打ち破って、共に未来・解放を開こうと闘っていることに支えられ、可能になっています。

 無期投獄の中にあっても、何ものをものりこえる力となっているのは、そのようなものですが、それは一言で言えば、分断を破って、すべての労働者人民のすべてを共有し、その力を真に自らのものとし、信頼し、一つに団結し闘い、現実を変え、未来・解放を開く、ということに尽きます。

労働者こそ社会の真の主人公

 資本主義が労働者階級を賃金奴隷にすることで成り立つものである以上、この現実に怒り、労働者階級の自己解放闘争によって資本主義・階級社会を終わらせ、人間の普遍的解放をかちとることができ、労働者階級はその力をもっている、そのことに誇りをもって立ちあがり、勝利していくことによってのみ、人間と人間社会本来の姿を人類は手にすることができるのです。
 労働者こそ、補い合い助け合って生産を担い、社会を動かす社会の真の主人公であり、資本・権力が分断し、賃金奴隷を強いあらゆる犠牲を強いることに対して、一つに団結した力によって彼らを倒し、彼らに代り、彼らからすべてを奪い返して、現実に社会の主人公として自らを解き放って、すべての人々が人間らしく働き生きることのできる共同社会を実現していく、その闘いはまた資本主義・帝国主義の下で呻吟しているすべての人民の真に自己解放的決起をかちとり、共にこの闘いを実現していくものです。このような闘いが、動労千葉を先頭に闘っている階級的労働運動・革命的大衆闘争であり、実は、星野闘争です。

 それが今日の大恐慌−大失業、戦争の下で怒り、立ちあがろうとしているすべての労働者人民、世界の労働者人民に未来と勝利の展望を与え、獲得するものになっています。
 このように養なわれている、人間的魂、情熱、すべての労働者人民の団結した力で誰もが人間らしく生きられる社会を、という情熱と確信が、無期に負けず、無期を覆していく、あらゆる困難をのりこえる力になっています。

資本主義の世界史的生命力は尽きている

 今日、資本・権力が生き延びるために、大恐慌とその下での大失業・戦争の動きを激化させ、青年の半分を非正規化し、さらに全労働者の9割を非正規化することを公言し、まともに働くことも生きることもできないことを強制する現実は、資本主義そのものの世界史的生命力が尽きていることを示しています。
 大恐慌への天文学的財政投入は、過剰資本の整理を中途半端にし、むしろ過剰資本・資金を拡大することで日米欧帝国主義の長期不況と保護主義化と世界市場における資本・国家間の争闘を激化させています。
 資本の利潤のために労働者が賃金奴隷としてトコトン搾取・抑圧され、生活・生命まで破壊され、それを帝国主義の下で新自由主義をかかげて全社会的・全世界的に推し進め、とりわけ今日、大恐慌下での資本・国家間の争闘に生き残るために一層無慈悲に押し進め、世界分割をかけた戦争をますます拡大・激化させようとしています。

 それは、資本がすべてを食い物にするために、生産、社会、世界のすべてにおいて、人間・人間社会本来のつながり、共同性を破壊し、対立、競争、格差、差別、分断や排外主義を強いつつ押し進めています。この現実を見据えることがすべての出発点だと思います。

 労働者階級の自己解放を通して人間の普遍的解放を

 そして、この現実からの解放をかちとり、人が人とすべてとつながり、補い合い助け合って人間らしく生きられる人間本来、人間社会本来の姿を取り戻していくことのなかに私たちの真の解放がある。これが私たちの原点中の原点だと思います。

 そしてそれを空想の夢物語にしないためには、現実の生産を担い、社会を動かしている労働者階級が、この現実と、職場、社会、世界で一つに闘い、民族・国籍・国境をこえた団結を取り戻し、強め、賃金奴隷からの解放をかけて、資本・権力から職場、地域、全社会、全世界での支配権を奪い返し、社会の主人公となることで、その共同性によって、生産と社会生活全体において、人間と自然、そのすべてとつながり、誰もが補い合い、助け合い、人間らしく生きられる、人間的未来、人間社会本来の姿を取り戻していく、そのように労働者階級の自己解放を通して、人間の普遍的解放を実現していくことが、唯一の現実的道であり、そこに私たちの人間本来の唯一の展望があります。

 私たちは、それが、今日の労働者人民の根底的欲求になっていることを何よりしっかりと受け止めなければならないと思います。昨夏、自民党政権を打倒したものは、資本主義・帝国主義−新自由主義への怒りと、この根底的欲求です。
 そしてこの現実に改良的手直しを加えるかのようにしながら、資本・権力の延命のために、一層労働者人民に犠牲を強いる民主党・連合政権への幻想を打ち破り、一層の怒りを解き放って、この根底的欲求を実現していく、それが私たちの進む道、闘いです。
 それが国鉄−全労働者の闘い、沖縄基地撤去の闘い、三里塚・市東さんの闘いを労農連帯で闘う闘い、教育民営化を許さず、教育を労働者人民の手に取り戻す法大の闘い、労働者解放と部落解放を一つに闘う西郡・八尾北の闘い、そして星野無期、長期投獄を許さず、再審無罪・釈放をかちとる闘いであり、それを一つに結び、勝利していく道であり、力なのです。

 階級的労働運動と星野の勝利は一つ

 今日の労働者人民の団結・組合的団結を破壊して、一切の既得権を奪い、犠牲を労働者に集中して資本・権力が生き残る新自由主義の出発点、国鉄分割・民営化、労働者としての誇りと解放をかけて絶対反対・階級的団結で闘い勝利してきた動労千葉が体現している闘いは、私たちの勝利のための道標であり、宝です。研修外注化・道州制はじめ、民営化・分社化−外注化によって大合理化・大リストラ・安全破壊・生活破壊を進める新自由主義に勝利するのは、その動労千葉を先頭とする階級的労働運動・革命的階級闘争の闘いであり、それが2000万青年労働者はじめ、全ての、全世界の労働者人民に勇気と展望を与え、獲得する力をもっています。星野の勝利もそれと一つです。
 ここで話したいことがあります。鳩山が辺野古移設を日米合意に踏み込んだことの怒りが鳩山を倒しました。しかし、菅がそれを踏襲するとしていることを絶対に許すことができません。
 沖縄の思いを踏みにじって基地を強いる、その先に私たち、労働者人民の未来も解放もありません。そもそも沖縄基地・日米安保は誰のためにあるのか。帝国主義・ブルジョアジーが自らの利権・生き残りをかけて世界・アジアの再分割をかけた第二次大戦を引き継ぎ、勝者の米帝がアジア・世界を分割・支配するために、敗者・日帝がその米帝との同盟によって、自らの延命と帝国主義としての復活を図るために日米安保を結び、米帝は戦後一貫して朝鮮・ベトナム・中東侵略戦争の要石として沖縄に基地犠牲を強い、日帝はそのように沖縄に犠牲を強いることでそれをテコに全国的な戦争体制を再構築しようとしてきました。
 鳩山も菅も、自民党支配を引き継ぎ、それを貫こうとしています。これを許して私たちの未来はありません。沖縄の思いを踏みにじった犠牲強要を許さない、そのことを含め労働者人民への犠牲強要を許さない。それを強いる民主党連合政権・資本・権力もろとも、労働者人民の団結した力で打倒する。そのことが全世界の労働者人民とつながり、一つに団結して、誰もが社会の真の主人公となって、誰もが人間らしく生きられる社会を実現していく、そこに私たちの未来・解放があります。

再審無罪・釈放の声を

 71年11月の闘いは、まさにそのことを目指した闘いであり、そのことへの諸反動・星野無期をはね返し、今日の闘いの大きな力を生み出していますし、その力で星野無期と負けず、うち勝っていく、再審・釈放をかちとっていく、そこに星野の勝利の核心もあります。
 そして、この闘いに勝利していくためには、権力が生半可には、私の再審・釈放を認めないことを見据え、一切の幻想を払拭して供述の虚偽と私の無実を徹底的に明らかにし、にもかかわらず無期を維持し投獄を続けていることを絶対に許すな、一日も早く再審無罪・釈放を、の声を労組・労働運動を中心に全ての市民・人民に圧倒的に広げ強めていくことによってこそ、全社会的に無実が明白なものになり、再審決定、無罪決定、釈放しなければ「裁判所」が「裁判所」として、「検察」が「検察」として存在しえないという状況をつくる。
 それによって確実に釈放・解放が可能になる、その一点に総力を結集し、集中するということを訴えます。それぞれの思い考えもあると思いますが、どうかその一点に総力を結集し、集中してください。どうかこの力を弱めるのではなく、この力を強めてください。討論を深めつつ。

権力のでっち上げは崩壊している

 権力は捜査の過程で私の無実を百も承知していました。私が殴打に加わっていないこと、火炎びん投てき命令もしていないことも承知していました。にもかかわらず、実に悪どいやり方で私が殴打し、投てき命令をしたという供述調書をつくりました。そして、そのことが供述者の公判証言や新証拠で次々と明らかになり、最早、その信用性は崩壊しています。
 供述者が、殴打していた現場に、ほぼ知った人物がいなかったことがはっきりしています。それは先頭のほとんどが反戦労働者で、当局が当初そのように反戦を狙い捜査を行い、完黙の闘いによって失敗し、それで群馬の学生に狙いを定めて冤罪を作ったことも明らかです。
 そこにおいて、当局が、公判証言で明らかになっているように長時間取調べ、一生出さないの脅し等を使い、今回のK新証拠でも明らかにされているように、当局が予め示す殴打者に当てはめる形で知っている名前を言わされるという誘導・強制によって供述が作られ、自らもやっていないのに、火炎びん投てきを認めるよりはということで殴打を認めるという形で誘導・強制による供述が作られたということが明らかになっています。そして、そういうものであれば、事実と合致しないことが次々に明らかになり、ボロボロになっているということです。
 供述において、当初から殴っていたとされる私は十字路におり、道案内、奥深山君も後方にいて殴打に加わっていなかった。また後半に入れかわり立ちかわり殴打に加わったとされた群馬の4人も全て当人が否定しています。そして許せないことにそのうち三人が強制された供述で実刑さえ強制されています。私に対してだけではない、大冤罪です。

 殴打現場にはいなかった

 そもそも新証拠でも出されているように滞留時間が35秒程で、そのすべてで殴打があったわけではなく、証拠にあるように、倒れた後、出発するまでの時間を引けば、殴打は20秒にも満たず、供述にあるような多数が入れかわり、立ちかわり殴打したということは不可能なのです。私も含めて。
 そして何より、新証拠によって、K証人が、殴打をしているのを見た人物の服がキツネ色系だったことを改めて明らかにしました。特別抗告棄却決定において私の当日の服が薄い青だったことを認めざるを得ず認め、それでも私が殴打していたとするために、K証人の殴打していた人物はきつね色だったということ自体が記憶違いと強引に主張した。その根拠が改めて誤ったものであり、私が殴打していたという最大の根拠の誤りが、当然のことながら改めて、明白になったということです。

 そして私が当日のリーダーだったからこそ、殴打を横に見て先頭の十字路まで一気に走り、そこを先頭に間もなくNHK方向に現れた機動隊からの攻撃を受ける前にデモ隊を再結集し、渋谷に向かったのであり、その役割から、十字路を離れ、殴打に加わることなく終始十字路にいたこと、そして新証拠として出されているように十字路にいなければ見ることのできないことを目撃していることを明らかにしています。
 到達直後、NHK方向に、山口巡査を追うのを諦めた二人を見ている。NHK方向の道路が一旦下り、また上りつつ右にカーブし、さらに視界の一番高い所に右から左に車が流れている道路があった(今は建物で見えない)それらの車のフロントが光っていた。
 また、統一教会裏手から白い車が出てきたのを見ている。そして何よりNHK方向に現れた機動隊の動きを詳しく見ている。これらは、それを裏付けることで無実を不動のものにします。

一つに団結した力で未来、解放をかちとろう

 以上、事実・真実にリアルに踏まえて無実を確信することが再審・釈放に全力を注ぐ最大の武器・源になります。事実・真実にこだわり、それを明らかにし、無実の力で勝負しきる、その無実の力によって再審無罪を絶対に勝ち取れるし、そこにあらゆる力を注ぐことによって、釈放・解放の道を最も早く、確実に開くことができる。それを、本メッセージで訴えているように、世の中を変える最大の力をもっている労組・労働運動を軸に人民、人民各層に広げ、全社会的な力とすることで確実なものにしましょう。自らと労働者人民の力をどこまでも信じ、一つに団結した力で未来、解放をかちとりましょう。

11・29全国集会へのアピール 
人間が人間らしく生きられる社会を

 今年の集会は、今こそ、労働者人民の手で人間らしく生きられる社会をつくろうという闘いが全世界で強まるなかで、それと一つに、その闘いを圧殺しようとする星野無期をこれ以上許すなの思いを共に固める集会にしたいと思います。

 今、誰もが肌で感じているように、世界金融恐慌が、実体経済に打撃を与え、世界大恐慌・大不況を進行させています。あらゆる犠牲が労働者人民に集中し、生きていけない状態がどんどん強まることに対して、全世界で労働者人民が怒り、社会を人間が人間らしく生きられる社会に変えようと立ち上がる、そうして人間史を本当に人間史に値するものにしていこうという、世界史の大きな転換点に、今、私たちは立っています。

 一方で、獄中・家族と労働者人民の未来を奪おうとする星野無期との闘いは、日々、生きるための闘いを通して、獄中・家族と全ての労働者人民の解放の未来を開く、その内実と力を蓄積してきた闘いです。日本と世界の労働者人民が、今、全てを奪い尽くそうという新自由主義ー恐慌・戦争と闘い、全てを奪い返し人間的解放をかちとるために世の中を変えようとしている闘いと、星野の闘いが、今一つに重なり、一つに未来を開こうとしている。そのことを実感し、そこに展望を感じ、心が高鳴る思いです。

 そのことを、何より共有したいと思います。

 そして、その展望を破壊せず、本当にその展望を共有し、共に生き闘う、そこに、「獄中・家族を支え、その闘いに本当に応え共に勝利していく」という核心があると思います。星野の運動を発展させる担い方は、それぞれ多様なあり方があると思いますが、その担う責任の大きさに応じて、この核心があいまいさなく問われると思っています。本当にその展望を共にし共に闘っていくためには、これまでのあり方に安住せず、本物の変革と飛躍が問われる、そう思っています。

 その勝利の展望を、現実の勝利にしていくためには、私と暁子、獄中・家族にとって困難は山ほどありますが、その困難をのりこえることを通して、獲得するものの大きさ、豊かさに転化し闘っていきたいと思います。本集会において、その思いを共にし、権力・現実・困難さに屈せず、どこまでも自からと、獄中・家族、全ての労働者人民の力を信じ、それを解き放って、再審無罪・釈放と獄中・家族と全ての労働者人民の解放のために、新たな決意と体制が固められることを熱く期待しています。

 再審開始・無罪を

 特別抗告棄却は許し難いですが、最高裁として私の当日の服装が薄青だと認めたことは、どれほど未練がましく、声とか後姿でも星野だと言っているから殴打していた人物は星野だと言おうとしても、当のKrが全供述・公判証言で一貫して言っていることが「きつね色上下の人物が殴っているのを見た」というものであり、これが絶対的に揺るぎないものである以上、その殴っていたきつね色上下の人物が、薄青の私ではない、という結論しかなく、最高裁は再審を決定すべきだったのです。確定判決は、既に自らデモ隊の現場滞留が1分以内であることを認めることによって、全供述の柱であり、供述通りなら「攻撃」が1分をはるかに越えてしまうOt供述を証拠として失っています。そして今回、私が殴打していたという供述の柱、Kr供述を失ったのです。私が当日のリーダーだったがゆえに、その任務を離れて、離れた場所の殴打や火炎びん投てき命令が絶対にないことはじめ、さらに私の無実を明らかにする新証拠をたたみかけ、さらに全供述が誘導・強制によるもの、誘導・強制によってしか存在しえないものであることを明らかにする鑑定を突きつけて、確定判決を完全に崩壊させ、再審開始・無罪を絶対にかちとりましょう。それを力に一日も早い釈放をかちとりましょう。これまでを数十倍、数百倍する力でそれをかちとりましょう。 

無実を承知の無期攻撃

 権力は、私の無実を百も承知でした。青年学生を先頭にした70年闘争が、体制内指導部のクビキをうち破って、労働者自己解放=人間解放へ総決起したこと、また、民族解放闘争、沖縄闘争などと結合し決起したことが体制そのものを揺るがすものになったことを圧殺する、そのために無実を承知しながら強行したのが私への無期です。そしてそれは、70年を継承し大きく飛躍する今日の闘いそのものを圧殺しようとするものです。

 それは、すさまじい重圧と分断によって、生命も含めた全てを奪おうとするものでした。それとの闘いは、生命も含め全てを奪い返す、その内実と力を日々創造し蓄積することで日々生き、勝利するものでした。核心的には、重圧・分断に屈せずはね返し、獄内外が身を置き合い、自他の自己解放の思いと力を信頼し、その思いと力を一つに、獄中・家族と全ての労働者人民の解放をかちとるものとして闘い、その内実と力を蓄積することによって勝利してきました。だから、それは常に、動労千葉、沖縄、三里塚をはじめとした闘いとつながり、一体の闘いでした。

 そして、今日、世界大恐慌・大不況が進み、あらゆる犠牲が労働者人民に集中し、生きていけない状態がどんどん強まることに対して、全世界で労働者人民が怒り、社会を、人間が人間らしく生きられる社会に変えようと立ち上がる闘いと、私たちが闘って蓄積してきたことが一つに重なり、一つになっていることを実感しています。
今、資本主義の命脈が尽きている、それは誰もが実感すると言ってもいいのではないか。一握りの資本家階級が労働者を働かせ富を搾り取ってきた資本主義、70年代に行き詰まり、新自由主義とバブルによって、労働者・人民からあらゆるものを奪いつつ、強国間の争闘戦で生き延びようとしてきた資本主義は、今や、過剰資本・資金によってついに世界金融恐慌を爆発させ、公的資金(税金)を注入すればするほど、より巨大な破局、大恐慌ー世界戦争を不可避とし、大失業、大幅賃下げ、大増税、大収奪、そして戦争の地獄を全世界の労働者・人民に強いる以外になくなっています。これに対して、体制内指導部のように、闘っても勝てないと言う人達がいます。しかしそれは、どこまでも資本・権力に屈服し、奴隷になり、血の一滴、生命の全てを奪いとられるだけなのです。

 私たちは無力な存在ではない

 今、はっきりさせなければならないのは、私達は、そんな無力な存在ではない、ということです。生産を担い、社会を動かし、資本家がいなくてもそれが出来るのが労働者です。資本・権力を打ち倒して、社会の主人公となって、生産手段を社会有とし、その私有によって成り立つ階級社会と、その下での人による人への支配・抑圧にピリオドを打つのが労働者です。社会的営みの全てを、一人の例外もなく誰もが、自からの人間的なもの・力を解き放ち、補い合い助け合って共同で、人間が人間らしく生きられるものにしていく、それが労働者です。それを実現する力を、労働者はもっており、共に闘う人民も、それを担う力をもっているのです。そして、私たちは、資本・権力への怒りを爆発させ立ち上がり、反撃し闘うことを通して、屈服的な奴隷的なあり方、考え方、分断、競争から解き放たれ、一つに団結したその力を取り戻し獲得していくのです。その実践、行動こそが問われているのだと思います。

 既に、全世界で、食べさせろ、生きさせろの闘いに、労働者人民が立ち上がっています。日本においても、先の11・2労働者集会によって、新自由主義を打ち破り、労働者自己解放=人間解放の勝利を開く動労千葉、三労組、日米韓連帯の闘いを圧倒的に発展させよう、という新たな闘いが開始されています。その闘いの中で、青年・学生を先頭に、星野のように闘おう、星野を取り戻そう、という声が広がっていることに、心からの一体感を感じています。

 団結と闘う力を

 獄中・家族と労働者人民のすべてを奪おうとすることに、すべてを奪い返そう、その解放をかちとっていこうという星野闘争は、今日のすべてを奪い尽くそうとする新自由主義をふりかざす資本・帝国主義を粉砕して、すべてを奪い返そう、解放をかちとろうとする闘いと真に一つです。

 職場で、地域で、街頭で、そして国境をこえて、私たちの団結と闘う力を圧倒的につくりだし、再審・釈放と、獄中・家族と、全ての労働者人民の解放のために、新たなる決意と体制を固め共に闘いましょう。

11・29全国集会への呼びかけ 
 今年は、11月29日に東京で星野全国集会が開かれます。世界金融大恐慌が深まるなか、労働者・人民の生きさせろの闘いが、世界のどこでも闘われる中での集会になります。

 獄中・家族と労働者人民の未来を奪おうとする星野無期との闘いは、日々、その未来を奪い返す、その力を蓄積してきた闘いです。今、日本と世界の労働者人民が、全てを奪い尽くそうという新自由主義と闘い、全てを奪い返すために世の中を変えようとしている情勢、闘いと、一つに重なり、一つに未来を開こうとしていることに、心が高鳴る思いです。

 今、本当に獄中・家族を支える体制をつくることが問われていると思います。獄中・家族にとって困難は山ほどありますが、それを獲得するものの大きさ、豊かさに転化して闘っていきたいと思っていますので、その思いを共にし、共に闘うために、多くの友人、心ある人々が参加してくれることを心から訴えます。

 特別抗告棄却は絶対に許せません。しかし最高裁として私の当日の服装が薄青と認めたことは、未練がましく、声とか後ろ姿でも星野と言っているから星野が殴打していたといくら言おうとも、Kが終始言っていることが「きつね色上下の人物が殴っていた」というものである以上、その殴っていた人物は私ではないという以外にありません。

 権力は私の無実を承知でした。70年、私たちは、体制内のクビキを破り、労働者自己解放=人間解放へ決起しました。民族解放闘争、沖縄闘争と一つに決起しました。体制を揺るがされた権力が、その闘いの発展をなりふりかまわず圧殺しようとしたのが星野無期です。

 それは、今日の闘いそのものを圧殺する目的を貫くものでもあります。

 この攻撃はあいまいさのないもので、全てを奪おうとするものでした。これとの闘いは、ごまかしを持ち込まず全てを奪い返す、そのことで生きられるものです。労働者人民の中に身を置き、自他の自己解放の力を信頼し、依拠し、自ら(・家族)と全労働者人民の本当の解放を実現するものとして闘い、勝利してきました。だから、常に、動労千葉、沖縄、三里塚、全学連、そして世界の闘いとつながるものでした。

 そして今日、世界大恐慌−世界戦争が不可避の過程にあって、労働者人民にあらゆる犠牲を強い、争闘戦−戦争によってまで生き残ろうとする資本主義・帝国主義に対して、人間らしく生きさせろと青年・学生を先頭に立ちあがり、労働者自己解放の闘いによって、社会を、全ての人間が人間らしく生きられる社会に変えようという闘いと一つになっていることを実感しています。

 青年・学生が、星野のように闘おうと闘っている姿に、闘う者の一体感を感じます。

 星野のように闘おう、星野を奪い返そう、という声と運動を広げ、共に闘うことを共通の思いとして強め、共に闘うために、11・29集会への参加を心から呼びかけます。

   徳島刑務所 星野文昭

61歳の誕生会へ 

61歳の誕生会へ、星野文昭のメッセージ

 私の61歳の誕生祝いの集いに参加してくださった皆さんに。逮捕以来33年、結婚以来22年、無期下獄以来21年を迎えて、初めて誕生祝いの集いが開かれることは、私を取り戻す運動が今ひとつ新たな段階に入っていることを実感させてくれると同時に、これだけ長期にわたって獄中にとらわれていることに怒りを新たにしています。今春、母が生命の危険に陥ったことで、その母に私が会えるようにという刑の執行停止を求める運動が新たに広がり、そのことが新たな再審・仮釈の広がりになっている、そしてその中で、詩画集の刊行が、さらに新たな広がりに発展することも間違いないと思っています。私にとって、今最大の喜びは、暁子が体調を回復したこと、それを皆さんが支えてくれていることです。私がやりきれていなかったことのしわ寄せが、暁子に体調を崩すほど集中していたことの反省の上にやりつつ、一緒に、新たにいろいろな問題に向き合い、整理しつつのりこえていく内容・力をつくりだし、そのなかで、絆・愛を深めていることが大きいし、さらには、皆さんに支えられながら様々な困難をのりこえていくことが可能になっていることが大きいと思っています。この点では皆さんへ心から感謝すると共に、これまで以上の力添えをよろしくお願いします。

 私の当日の服装が、私が殴打していると供述しているきつね色と全く別の薄い青であったこと、東急本店前の私の写真の手にしている棒が供述のように殴っていれば傷があるはずなのに無傷であることに加えて、死亡した中村巡査の先を逃げた山口巡査の供述によって、私が遅れて十字路上に到達して以降終始そこで見ていたと言い続けていた通り、NHK方向で警備していた機動隊が、私たちがそこを離れるまで対峙していたこと等を大きな武器に確定判決を覆し、再審無罪をかちとること、また、そのための仮釈をかちとること、そのことによって一日も早い解放を皆さんと共にかちとっていきたいと思っています。そのことをめざしつつ、母と一目会えるように刑の執行停止も実現したいと思っています。

 今こそ、戦争と生活破壊などあらゆる暗黒への道を許さず、それを労働者人民の力で覆し、労働者人民が社会の主人公となり、その人間的力を解き全ての人間が人間らしく生きられる社会をつくっていくことの中にしか私たちの人間的未来がないという中で、そのためのたたかい、組織、力をつくりだしていかなくてはならないという思いを強めています。

 私への無期が、このような未来をつぶすために、あえて冤罪によって獄中33年、無期21年が強いられていることは、なんびとたりとも納得させることができないものであり、私たちは、今まで以上に、これを許さない、再審無罪を、一日も早い釈放をの声を、共に広げていきたいという思いを強めています。今後も、私を、暁子を、母、義母、家族を支えてくれることを心から願っています。

文昭さんからお便りが届きました 

 札幌の母のことで、一目会えるように、執行停止と外泊のために尽力していただいていることに心から感謝しています。
 大きな困難がありますが、無実のまま無期を強いられ、30年以上、外の社会で会い、ぬくもりを感じ合い、会話を交わすこと、特に、生命が危険である今、一目、顔を合わせ、励ましてあげたい、ささやかな世話をしてあげたいを奪われていることの、無念、それを晴らし、会い、言葉をかわし、励ましたいという思い、そのだれも否定できない思いをストレートに表に出し、その思いを皆さんにくんでもらい、何んとしても実現したい、そう思っています。よろしくお願いします。
 また、2カ月前までは元気に出歩き、今月始めには自力で食べることができていた母が、危機に陥り、一定安定を保っている中で、点滴で栄養を補給し、それらを無意識に外す恐れがあるということによって、付き添いのない時には、ベットに縛られていることは、率直に言って辛く、納得のいくものではありません。それでは、今残っている気力、筋力、体力、生命力さえも奪ってしまうものであることを一番危惧しています。そのことで治るものも治らないことを危惧しています。
 専門医による、専門の医療者による、暁子、兄、弟などへの助言、助力が必要と考えています。この点もくれぐれもよろしくお願いします。
 人生の最後を、少しでも長く(願わくば、再審無罪ー仮釈まで)、最も適切な治療、リハビリによって、心豊かに生きてもらうために。

星野文昭さんからの手紙から抜

11/25全国集会へのメッセージ 
 本日の集会に参加して下さった皆さん。多忙の中、参加してくださったことに、暁子、家族と共に心から感謝しています。

 本日の集会を、獄中32年を迎えて、再審無罪−釈放に向かって、新たな大きな一歩を踏み出す集会として、皆さんと共に、ぜひ成功させたいと思っています。

 これまで、皆さんに支えられつつ、暁子と一緒に生きる中で、私自身、星野弾圧に立ち向かい、全現実を人間的未来へ根本的に変革していく主体的な力を形成していく以外に、一日一秒も生きていけないという日々を過ごしてきました。しかし、この間、様々なしわ寄せが、特に私自身がやりきれてこなかったことのしわ寄せが暁子に集中し、体調を崩し、それを一緒にのりこえる過程は、私自身がやりきれてこなかったことそのものの克服がつきつけられました。

 今、何よりも、裁判で無罪をかちとっていくという点での弱さを克服していきたい。そのことを、また、私や家族に止まらず、すべての人民の未来がかかったものとしてやっていきたい。

 それは、運動の中の、星野弾圧の鋭さに対する認識の弱さ、本当にそれと闘い無罪をかちとる方針の弱さ、獄中・家族を守り、共にたたかいぬく体制の弱さを、皆さんと共に根本的に克服していきたい、という意味でもあります。そして、それは、とりもなおさず、全現実を、人が人間として生きていくことのできるように根本的に変革して主体的力を、皆さんと共につくりだしていきたいというでもあります。

 私と暁子は今、無実という真実を全面的に出して再審を実現し、同時に、一日も早い釈放をかちとっていきたいと思っています。私の代々木八幡下車の総リーダーとしての任務は、NHK方向に現れた機動隊からデモ隊を守り、速やかに渋谷周辺の大衆と合流し、沖縄返還協定批准阻止の大衆決起を実現することでした。殴打に加わったり、火炎びん投てきを命令することは、その任務から外れ、十字路を外れることになり、やっていません。東急本店前の写真の私の手の紙を巻いた棒は、殴打していればボロボロのはずが、傷一つありません。供述で私であるとされた「きつね色上下」の人物は、上が薄い青、下がグレーの私とは明らかに別人です。これほど無実が明らかである以上、即刻再審を決定すべきなのです。権力が無実を百も承知で無期を強いていることに、心底、怒りを感じます。

 70年代、学生、青年労働者をはじめとした日本の人民が、沖縄と連帯し、アジアと連帯して、沖縄に基地を強い、新たな侵略戦争を担う帝国主義を打ち倒し、人間解放を実現しようという奔流を、集会・デモ禁止、機動隊支配など権力を総動員した圧殺攻撃を打ち破って生み出そうとしていたことを、デッチあげと極刑など、どんな手段を使っても圧殺しようとしたのが、星野無期でした。そして、そうすることで今、より沖縄への差別をむき出しに基地を集中し、それによって、日本全体を、教育基本法・憲法改悪を通して、戦争に動員しようとしている。

 星野無期を許さないことと、沖縄への基地集中を許さず戦争の道を許さないことは一つです。今、世の中のあらゆる所で、様々な困苦、葛藤、呻吟の中にあっても、また、そうだからこそ、人間的に生きたいという希求が、蓄積し拡大している。帝国主義が、弱肉強食的に生き延びるために、他国・多民族を敵視し愛国主義を煽って戦争へ突き進む一方、格差社会−生活破壊を強めるという現実を前に、この現実からの人間的解放の思いは、社会の本当の主人公としての労働者人民が国境を越え、分断を越え、つながり、団結を強めることを通して、解き放たれようとしています。

 そして、これを圧殺しようとしている星野無期・全ての弾圧を覆し、全世界の労働者人民の団結した力で人間解放をかちとっていく歩みを飛躍させていきましょう。

 最後に、獄中32年を生きかちぬいてきた核心は、身を置き共に未来を開く、ということを通して、獄壁をはじめあらゆる分断をのりこえ、つながり、共に全てに立ち向かい未来を開くあり方、内容、力を豊かに創造し、獲得していく、ということにありました。そして、それを本当に可能にしたのは、暁子とつながり、一緒に生き未来を開くということによってでした。そして今、それを新たに積み上げようとしています。そして、そのことの上に、面会、通信が友人にも拡大したことをテコに、全ての皆さんとのつながりを強め、獄中・家族を支えつつ、再審・釈放によって星野無期を覆し、帝国主義が生み出す人類を不幸にする現実を覆し人間解放をかちとるたたかいを強めていきたい、と思っています。

 共に頑張りましょう。

9/17東京連絡会集会へのメッセージ 
 今年で、獄中31年、暁子との結婚20年を迎えました。私を取り戻すために、そしてそのために心血を注ぐ暁子と家族を支えるために、多忙の中、様々な形で力を注いでくださっている皆さんに、まず、暁子・家族と共に心からの感謝の気持ちを伝えたいと思います。

 とりわけ、この20年、心身の限度を越えるほど頑張ってきた暁子が、一時、体調を崩したことに、様々に気を使い、心を配ってくださり、体調回復を支えてくださったことに、どれほど感謝の気持ちを伝えたらいいかわかりません。

 私自身にとっては、無期の現実をはじめとした全現実、その現実を覆し解放をかちとっていく運動における人間関係をはじめとした様々な問題、家族問題、特に暁子と私が分断をのりこえて一緒に生きていく、という暁子が抱えている全てと、私自身のこととして向き合い、暁子と一緒に、また皆さんと共にのりこえていくことでの弱点こそ、暁子へ大きな困難を強いていた、この点の克服こそ、問われていると思っています。私自身が、暁子と一緒にこの弱点をのりこえて、抱えている全てを、さらに皆さんと共にのりこえていくことによって、暁子の体調の回復・保持と共に、無期と全現実を覆し、人間的解放をかちとっていく絆と力を豊かに養い、解き放っていくことができることを心から願っています。

 私からの便りは、いまだ大幅に制約されていますが、皆さんからのお便りが届くようになって、私と暁子が皆さんとの交流を深め、無期と全現実を覆し、人間的解放をかちとっていく絆と力を豊かに創造していくことができることを楽しみにしています。
 何より、「無期で31年の現実を前に、もう取り戻さなければ。暁子さん(家族)の元に取り戻さなくては。」という思いが伝わってきて、大きな励ましになっています。

 私たちにかけられている無期という過酷な弾圧は、私や家族にのみかけられているわけではありません。多くの人々が、戦争−沖縄基地に反対し、人間的解放を求めて立ち上がった「70年」のたたかいと、それを継承する今日の、より現実的になっている改憲−戦争・沖縄新基地と人民犠牲の道に対するたたかいを圧殺しようとするものです。

 その意味では、私と暁子・家族の未来と共に、全ての人民の人間的解放の成否のかかったものとして、全ての人民の総力によって覆していく課題であると思います。改めてそのことをはきりさせ、再審・早期釈放の運動を、あらゆる人々とつながり、広げ、その力で、必ず、再審・早期釈放をかちとりましょう。
 そして、そうすることで、全ての人民にとって、たたかい生きることそのものを、真に飛躍させていくことができるのだと思います。

 供述で、殴っていたとされる「きつね色上下の人物」と、当日、薄い青の上衣、グレーのズボンの私とは別人です。終始、十字路上にいて、NHK方向から襲いかかろうとしていた機動隊からデモ隊を守り、渋谷へ一秒でも早く出発することをリーダーとしての役割としていた私にとって、殴打・投てき命令は、その役割から外れた、あり得ない行為です。それら無実の全体像は、本集会での朗読劇「32年目の真実」で詳しく触れられると思います。
 これら無実を、物的証拠として一つ一つ固め、全ての人々の再審・早期釈放の声と力で必ず勝利しましょう。

 友人との面会・通信が可能になったことはじめ、とりわけ、暁子(家族)との立会い・アクリル板なしの面会が、再審・早期釈放へ生きたたかう絆・力を養うものとして、その実現の取り組みを共に強めていくことをお願いします。

 絆・力を強めつつ、共に頑張りましょう。

星野総会in北海道へのアピール 
 私を取り戻すために、そしてそのために心血を注いできている暁子と家族を支えるために、北海道と全国で様々な形で力を注いでいる皆さんに、暁子・家族と共に、まず何よりも、心から感謝の気持ちを伝えたいと思います。

 とりわけ、この20年、心身の限度を越えるほど頑張ってきた暁子が、一時、体調を崩したことに、様々に気を使い、心を配ってくださったことに、心から感謝しています。

 無期をはじめとした現実、運動の様々な問題、家族問題、特に、暁子と私が分断をのりこえて一緒に生きていく、という暁子が抱えている全てを、暁子と私が一緒に、そして皆さんと共に向き合い、のりこえていくこと、そのようにして、最も心豊かに、人間的に豊かに生きていくことによってこそ、暁子の体調を回復しつつ、暁子と私、家族、そして皆さんとの絆を深め、本来の力を磨き、養い、生き生きと解き放って生きていくことができるのだと思っています。

 この5月に、鈴木弁護団長との、立会いなしでの面会が実現し、「秘密交通権」が可能になったことは、事実=無実を全面的に明らかにしていくことができるものとして、また、それを「物的証拠化」を実現することによって無実を確定的なものにし、再審無罪をかちとっていくことができるものとして、実に画期的なものです。このことでは、これまでの発想を大転換して、やれることを全面的にやっていくことが問われていると思います。

 最大の焦点は二つあります。「供述」で私とされて、それを判決が認めている、中村巡査を殴っていたという「きつね色上下」の人物は、私ではありません。当日の私は、全く別の「薄い青」の服を着ていました。「供述」−判決も、私とは全く別人を私としているのです。

 もう一つは、私は、殴打などが行われた「現場」から離れた「十字路」にいました。デモのリ―ダ―として、デモの先頭の「十字路」上で、バラバラになっていたデモ隊を再結集させようとしていたのです。

 今後は、これらの事実=無実を誰にとっても明らかなものとして共有化しつつ、それを物的証拠化していくこと、そして十万人署名の力で再審=無罪と早期釈放を必ず実現しましょう。

 そして、この5月から、親族に限られていた面会・文通が、友人ともできるようになったことは、一回目の戎野さん、加藤さんの面会と、多くの皆さんからの手紙がそうであるように、直接の交流が可能になったことが、私と暁子への大きな刺激、励ましとなっていることと思います。そして、そのことが、星野運動を新たに大きくつくりだしていく力に間違いなくなると思っています。

 今、私たちは、誰もが歴史の大きな転機の中にあることを感じていると思います。資本の利潤追求のために、失業や生活破壊が進み、あげくの果てには資源・勢力圏の列強による分割のために侵略・戦争を行うという、二つの大戦という形で爆発した矛盾を、一方で多くの労働者人民の怒りやたたかいによって、一方で、その爆発を恐れた政府によって、戦後憲法に示されているように、労働者人民に譲歩し、緩和する方向で、戦争を放棄し、誰もが人としての福祉を享受することを保障するという建前が戦後政治として立てられてきました。

 しかし、小泉政権による戦後はじめての戦場へのイラク派兵、「民営化」「規制緩和」による露骨な利潤追求と失業、生活破壊の政治は、そのような戦後政治を真っ向から破壊するものです。

 それは、ブルジョワジ―が、蓄積したあまりの過剰資本・生産力のために危機に陥り、生き残りをかけた争いを強めるなかで、資本の利潤、自国の帝国主義的生き残りのためには、民族自決の尊重−国際協調、戦後的な平和、福祉、権利といったものを破壊して、世界を一世紀前のような、世界の資源など全てを力で奪い合い、戦争、失業、無権利、貧困を国内外で急速に拡大しようとしています。

 そして、それを進めるために、侵略され抑圧されている民族の抵抗を「テロ」と言い、過去、現在の侵略への抗議を敵視し、沖縄へ侵略のための基地を差別的に押し付け、そのようにして帝国主義的な排外主義、愛国主義、差別主義を煽りつつ、国内的にも犠牲を強い、平和も、平等・福祉も、権利も根本から奪う、そのようなものとして、憲法改悪に向かって、共謀罪新設、教育基本法改悪、国民投票法さえ強行しようとしています。人が国境を越え、全てをのりこえて、助け合い人間的に生きる未来を破壊する動きです。

 こうした動きに対して人民は決して無力ではない。実は、労働者人民こそ、生産においても、人間生活においてもそれを担っている主体であり、その決定権をもっています。

 労働者人民を生かすことも幸福にもできず、人類へのあらゆる災禍を強い、歴史的生命力を失った現在の資本主義・帝国主義を労働者人民の力で葬り、労働者人民が社会の主人公となって、生産と生活の全てを尊重しあい、補い助け合って、人間的に豊かに創造していく、それをめざすなかで、真の人間的なつながりを取り戻し、人間的に豊かに生きていくことが、今、私たちに求められていると思います。

 私たちの、70年11・14をはじめとしたたたかいは、アジアと日本、沖縄と本土の人民が真に連帯して、そのような未来をめざすものでした。それを圧殺しようとし、今も圧殺しようとしているのが、私への冤罪による無期弾圧です。

 その意味で、この星野無期を覆すことは、アジアと日本、沖縄と本土の人民が連帯し、あらゆる差別・分断をのりこえて、補い合い、助け合って人間的に生きる未来をめざすたたかいの成否がかかったものとして、その全てのたたかいと結び、結集してこそ勝利できるものですし、同時に、そのようなものとしてたたかうことによって、全てのたたかいを、どのような反動をもはね返し発展する強さ、豊かさをもったものとして創造していくものです。

 そのことを改めてはっきりさせ、全ての人民の力を結集して、必ず星野無期を覆す再審と早期釈放をかちとり、そのことで全てのたたかいを一層強め、豊かに発展させていきましょう。私と暁子、家族への一層の支援をよろしくお願いします。共に頑張りましょう。

沖縄・万人の力で星野文昭さんを取り戻す会のみなさんへ
沖縄・万人の力で星野文昭さんを取り戻す会のみなさんへ

星 野 文 昭

沖縄万人の力で星野を取り戻す会のみなさん、日本政府による沖縄への基地強制―名護新基地方針とたたかいつつ、私を取り戻すために力を注いで下さっていることに、暁子・家族共々、心熱く支えられている思いでいます。

 再審・釈放に向かって、一歩一歩前進しているものの、様々な困難を乗り越えていかなければならないなかで、沖縄の皆さんはじめ、多くの皆さんと補い合い助け合い、支え合うことは、獄中の私にとっても、暁子・家族にとっても、限りなく大きな支えです。 今日、沖縄に対して日本政府が行っていることは、誰にでもわかるような、基地を撤去するために新基地を作るというペテンによって、また、それ自体が沖縄へのむきだしの差別によって、一方的に沖縄の海、山、生活、生命を奪おうとするものであることに、怒りを新たにしています。そして、それが、帝国主義各国が、他帝を叩き潰しても生き残るために、自国の労働者人民に犠牲を強いつつ、アジア−中東−世界の人民のすべてを奪い尽くそうとするための、日米同盟軍事拠点・カナメとして、沖縄基地を強化するために、沖縄により大きな犠牲を集中するものとして、強い怒りを感じます。

 そうであれば、小泉・安部が煽る排外主義をのりこえて、アジア−中東−世界の被抑圧人民―労働者人民が一つに連帯して、また、むき出しの沖縄差別をのりこえて、沖縄―本土の人民が一つに連帯して、帝国主義戦争、そのカナメとしての沖縄の基地を許さず、いっさいの労働者人民への攻撃を許さず、それらを強行しようとする帝国主義そのものを葬って、本当の人間的未来を開いていくことが、私たちに切実に求められているものだと思います。そうすることで、労働者人民が社会の主人公として、人間としての全てを解き放って、補い合い助け合って人間らしく豊かに生きていく未来を開いていくことができるし、それをめざすことのなかで、私たちは、それを実現する力を獲得しつつ、最も心豊かに、人間的に豊かに生きていく内容を創造していくことができるのだと思います。

 私への無期は、こうしたたたかいを圧殺して、沖縄基地強化―戦争の道、労働者人民犠牲の道を強行しようとするものである以上、沖縄―本土、日本―アジア、世界の人民の怒りと人間解放へのたたかいの全てを結集し、星野無期を覆し、人間的未来を大きく開いていくものとしてあることを、改めてはっきりさせて星野無期を必ず覆し、解放をかちとり、

ともに人間的未来を豊かに創造していきましょう。そして、この間の、暁子への多くの心配りに感謝しつつ、沖縄のみなさんとの交流を深めつつ、ともに頑張っていきたいと思っています。ともに頑張りましょう。

あるがままの暁子と  2006.2.20〜家族へ宛てた手紙より〜
 今日は、暁子との嬉しい面会の翌日の8日。面会の一日目は、暁子が寒そうで気の毒なくらいの寒さで、二日目は、きっと暁子も面会の後に外に出てそう感じたように暖かかったのに、今日は、また一転して、雪が日中パラついて、工場から居房に帰る頃には、2cmぐらい積もる程の寒さだった。面会で暁子に言われたように、喉の調子がちょっとよくなくて、風邪の兆候もあるので(一度引いて免疫ができているので、たとえ引いても直ぐ治るとは思うけど)、今日は予防のために着れるものは全部着てこの手紙を書き始めているよ。

 面会は、数えてみると8か月ぶりの面会で、本当に嬉しい面会だったし、暁子にとっても、僕にとっても大きな一歩を踏みしめるような面会になったけど、無事に阿佐ヶ谷南のアパートに着いただろうか。きっと今は、面会でのことをいろいろと振り返っている頃ではないかなと思っているよ。(徳島救う会の皆さんの「退院を祝うパーテイ」のことも含めてね。)

 面会は、話したいことはまだまだ山のようにありつつも、暁子にとっても、、僕にとっても大きな一歩を踏みしめるような面会だったよね。

 いろいろなことが、二人にとって、これからの糧になる面会だったと思う。
 暁子にとって面会できたこと自体が、7月以降の入退院のなかで大きな大変さをのりこえてきたものだからこそ、次に向かっての大きな自信になったと思うし、何より、二日にわたる面会で、暁子と僕が、心に、魂に届き合う、本当に心が通い合うことができたことが、次へ向かっての大きな自信になったんじゃないかな、と思っているし、そうできたことが、僕にとって何よりも嬉しかったよ。

 一日目は、乗る予定だったスカイマークがブレーキの故障で欠航になったことで、みぞれが降る午後5時からの面会になったことで、本当に寒そうにしていたので、それだけでも心配だった。コートこそ着てたけど、首の回りが結構大きく開いたセーターだったから。風邪を引いたりしていなければいいけどね。

 その一日目の面会は、7月以降の入退院の中で、いろいろな大きな大変さを、(僕も一緒に)のりこえて会えるようになって、無条件に嬉しいということがありつつも、暁子の話や、表情や姿の全部から、暁子の今の状態を理解したいという思いが一番強かったから、いろいろ心配したり、気を使ったりという面もあった。薬の副作用ということも含めてね。 でも、面会での暁子は「素の暁子」というか、自分を飾ったりとかではなくて、あるがままの暁子そのものの心と姿でいる。会ってくれている、という感じで、面会では、そのあるがままの、素の暁子の心に触れ、その心に響き合うような会話ができたことが一番大きかったと思っているよ。

 そうして、僕の気遣いや心配を暁子も感じたということでもあったのだと思うけど、普通に接してくれるのが一番いいと言ってくれたことが、僕に、暁子への一番いい接し方を教えてくれた形になったことが、何よりよかったし、嬉しかった。
 だから、二日目は、暁子が望むように、普通に、暁子への思いや言いたいことをそのままに会おう、そのように会話しよう、心と心で会話しようという思いで会ったことが、暁子が面会で言ってくれたように、僕が元気に見えたということだったのだと思う。そして、何より、僕が元気に見えたというのは、一日目の面会で心と心が触れ合い会話できたことで、暁子自身が、一日目よりもはるかに元気になっていたことが大きかったよ。

 面会では、本当に、素の暁子の心に触れ、その心に響き合うようにいろいろ話せたことが本当によかったよね。
 今回の暁子との面会を通して、僕が一番思っているのは、暁子の心、悩みや求めていることに、もっともっと寄り添って生きる、ということだよ。そうして、(人間的に)心豊かに生きていく(主体的な)内容、 力を、一歩一歩、一つ一つ生みだし積みあげていくことができればということだよ。

 今、一番必要なことは、長い間の無理や緊張から(心と体が悲鳴をあげるほどの)暁子の心と体を解放して、しばらくは療養を第一にリラックスし、心と体をできるだけ(人間的に)心地よい状態に置くことを通して、暁子本来の人間的な豊かな感性、人間性を解き放っていく、ということを大切にするということだと思っている。

 その中で、自身と(一緒に)積みあげてきたものを見つめ直し、(一緒に)生きていくことの全てに向き合い、一緒にそれらの一番、人間的で豊かな内容をつくっていくということと一体にね。

「2005年11月13日・星野文昭さんに自由を!全国集会in大阪」への獄中メッセージ 
11/13全国集会に参加された皆さん。

 私の無期を覆えし、一日も早い釈放を実現しようという運動に、様々な思いから心を寄せ、力を寄せてくださっている皆さん、その運動のことを知り、本集会に参加された皆さんに、家族共々、心から感謝しています。

 また、獄中の私、再審・釈放への援助と共に、暁子の療養のための心あたたまる援助に、心から感謝しています。これまでの、私の再審・釈放の運動の大変さの全てが集中してきた暁子の体調の回復へ、今後も心あたたまる援助をよろしくお願いします。そして、その暁子の体調の回復のためにも、私の再審・釈放の大きな前進をかちとっていくことを、心から呼びかけたいと思っています。

 今日、日米欧といった帝国主義者たちの弱肉強食の利益が押し出され、イラクー世界への侵略戦争と、国内での支配、労働者攻撃、生活破壊といった形で、犠牲の全てを労働者、民衆に集中する情勢の中でそのような社会のあり方を変え、人間解放を実現していく運動の真価が問われています。

 そして、その運動を圧殺しようとする星野無期を、全ての人民の力で覆えす運動は、今日の社会のあり方を変え、人間解放を実現する運動を根本から励まし、促し、創造していく、そのような力をもった運動としてあります。

 本集会がそのような星野の運動の意味、意義をはっきりさせ、共有しあい、星野の運動の新たな大きな一歩になることを、暁子、家族共々、心から願っています。

 私が死亡した機動隊員を殴打せず、火炎びん投てき命令をしていないことを百も承知の上で、それをしたという嘘の供述を捏造してまで無期を強い、そして今も、再審を決定しようとしないことを、決して許すわけにはいきません。

 71年11/14のたたかいが、日米帝国主義ブルジョワジーの利益のためにはアジア・世界の侵略戦争をやる、そのためには沖縄を基地の島として永続的に強化する、そうして日本全体を動員していく、その過程で、全人民にあらゆる犠牲を強いるという道をどんなことがあっても許さない、そうして、日本、アジア・世界の人民が連帯した力で、そのような帝国主義を打ち倒して、人民が社会の主人公となって、補い合い助け合って人間らしく生きる社会をめざそうというたたかいの道を開いたこと、そして何よりも今日のたたかいがそれを創造的に発展させていること、そのことを日帝権力が何が何でも潰そうとしていることに、無期を強い、再審をなかなか決定しようとしないことがあります。

 したがって、星野無期が、獄中30年の今もかけられていることは、私個人、家族のみにかけられているのではありません。それは、全ての沖縄人民に、日本人民、世界人民にかけられ、帝国主義を打ち倒すことによって人間解放をかちとっていこうとしている全ての人民に鋭くかけられているものです。そのような星野無期を全ての人民の力で覆えしていくことは、沖縄の解放、日本とアジアの解放、人間解放のための力をより根本的に強めていくものとしてありますし、そのようなものとして本格的に発展させていくことこそが、今、問われていると思います。

 星野無期を覆えすための再審、釈放をかちとる運動は、これまでも、多くの心ある皆さんの力が結集し、発展してきたとはいえ、この20年、やはり、獄中と家族、とりわけ暁子への様々な重圧とストレスが集中し、二人の力で、何より暁子の持ち前の人間的な力で、その重圧・ストレスをはね返し発展させてきたことがあり、また、そのことが多くの人々の感動や共感、そして希望となって大きく星野再審・釈放の運動が発展してきたということがありますが、今、獄中・家族のたたかいが中心になり、それを守りつつ、より広く全ての人民自身のたたかいへ飛躍的に発展させていくことが問われていると思います。

 再審においては、白鳥決定によって打ち出され、免田などの再審の道が開かれたものの、その後の長い逆流から、最近の名張、横浜、布川の再審決定によって、「新旧証拠の総合的判断によって疑いがあれば再審を開く」という流れがつくられてきています。

 私の再審においても、供述がこれほどでたらめではないか、また、「物的証拠化」によってこれほど供述がでたらめで無実がしめされているではないか、ということを突きつけることによって、検察の有罪の証明が全くなされていないということを明らかにしていくことが鍵になっています。具体的には、私が殴打していたというK供述の服装と私の当日の服装が全く違うこと、私が終始、現場から離れた十字路上にいて、そこにいることによってしか見ることのできない目撃があること、等々、嘘の供述を覆えす「物的証拠化」を、一つ一つ、何としてもやっていきたい。

 また、そのことを含めて再審無罪をかちとっていくためにも、更生保護委員会などへの働きかけを強め、釈放の道を開いていきたいと思っています。

 そして何よりも、人民の人間解放への希求、力を信じ、それに依拠し、養い、結集して、人間解放をかちとることと一体に、それを根本から強めるものとして、そのたたかいを潰そうとしている星野無期を必ず覆えしていきましょう。

 共にがんばりましょう。

自画像
居房図