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第9回口頭弁論に提出されたA医師の意見書要旨
 
1月27日の第9回口頭弁論に、弁護団はA病院のA先生の意見書を提出しました。意見書の要旨を紹介します(文責 編集部)。

1 まえがき(略)
2 徳島刑務所内の医療

 2018年8月22日のカルテに体重減少、腹痛、下痢、食欲低下等の記載があります。同年2月には57・0㎏だった体重は、半年後に52・7㎏と、4・3㎏の体重減少があります。これは半年で7・5%の体重減少で、医者は普通「体重が半年で5%以上減少すれば有意な体重減少」と考えます。50歳以上で、思い当たる原因がない体重減少があれば、通常ならまず悪性疾患を除外するために胃カメラ・便潜血検査・腹部超音波(エコー)検査を実施します。特に悪性腫瘍(しゅよう)を除外するためのエコーはすぐにできます。その後さらに体重が減り、10月の胃カメラと再度の便潜血検査に異常はなかったので、なおさら翌年3月まで腹部エコーが行われていないのは全く理解できません。患者の不利益を避けるのが医療倫理の基本です。体重減少は放置できず、特に悪性疾患は、見逃せば命に関わるので何度も検査します。容易な検査をせず、後に悪性疾患が見つかれば医療ミスです。
 約半年後の2019年3月1日にようやく腹部エコーを受け、肝臓がんが疑われ、この日に腫瘍マーカー等の血液検査が行われます。3月5日付報告書では腫瘍マーカーが桁違いの高値で、この時点で肝臓がんは判明しています。ところが徳島刑務所は、4月17日まで星野さんに伝えませんでした。しかも、医療情報を1カ月半も知らせないだけでなく、その時に勝手に治療先まで決め、翌日東京に移送します。世界医師会の「患者の権利リスボン宣言」には「何人も差別なく適切な医療を受ける権利を有する。…患者は自分のカルテ情報を開示され、自己の健康状態について十分な情報を得る権利を有する」とあります。徳島刑務所はこれらに違反しています。
 しかも、肝臓がんと診断された2019年3月は、星野さんの仮釈放を審議する時期でした。そもそも命に関わる重大な医療情報を知らせないのがものすごい人権侵害である上、それが知らされずに仮釈放審議がされていたのです。徳島刑務所が行った情報隠
ぺいは、医療倫理に著しく反し、あまりにも非常識で、意図的です。
 3月に巨大な肝腫瘤(しゅりゅう) が判明し、カルテに「腹部CT必須」と記載され、数日後にそれが肝臓がんと判明しました。しかし、東京への移送まで1月半CTは行われませんでした。悪性腫瘍を1月半も放置することは、通常の医療機関では起きません。 受刑者だから健康診断やがん検診を受ける権利はないという法的根拠はあるのでしょうか。

3 医療センターでの手術
 手術記録では術中に4㍑もの大量出血があり、血圧が一時40 台まで低下、一時危機的な状況に陥っていて、術後再出血に特別の注意が必要でした。 術後帰室して約2時間後の血圧は64 /43と、既にショックを疑う血圧で、帰室後60分でも体内の血性流出は続きました。術後低血圧の原因として、心筋梗塞等も考慮すべきで、エコーや心電図等をすべきでしたが、行われませんでした。21時台の血圧も低く排尿もなく、看護師が医師に報告。しかし、原因は追求されませんでした。
 23時02分、血圧記録はなく、恐らくアシドーシス(体が酸性化した状態) になっていたため、対処の点滴を急速投与しています。それでやっと血圧が「70台まで上昇」です。持続する低血圧に、尿量低下とアシドーシスを合併しているのですから、どう考えても器や細胞の機能維持に必要な血液循環が悪く、結果生体機能が異常になることです。ほぼ収縮期血圧90未満はショックの可能性があります。しかし、ここでもその診断をしていません。
 その後「周術期出血に伴う急性肝不全による全身状態悪化…重症指定」と記載があり、「急性肝不全」という病名がつきました。しかし「急性肝不全」で「全身状態が悪化」したのではありません。周術期出血に伴う全身状態の悪化のため急性肝不全を合併したのです。実際、急性腎不全にもなっていました。だとすると、重症指定病名は「出血性ショックによる多臓器不全」が正確です。なぜ「急性肝不全」だけを取り上げたのか。
 出血による多臓器不全がおきているので、救命には再手術して止血することが絶対に必要です。これまで出血を見逃していたのですから、通常は慌てて対応を検討するところです。しかし、その緊迫感は全くカルテからは感じられません。止血困難ならば手術はためらわれます。しかし、止血しなければ救命できない以上、再手術かどうか、最低でも検討しなければいけません。しかし、検討したという記載はありません。この時点で再手術しても、もはや救命困難と判断したとすれば、それまでの対応は、救命困難になるまで放置したことになります。
 その後多臓器不全は進行し、12時15分の記録で「輸血、アルブミン等を行うも血圧維持困難。…再手術困難」ようですが、その時にはもはや「血圧維持困難で…再手術困難」になっていたのです。出血を放置すれば、血圧は上がらず、当然の帰結として出血性ショックによる多臓器不全となり、再手術は困難になります。その一連の出発点は、「術後低血圧が続いているのに出血を疑わなかった」ということにあります。術後出血による低血圧は、再手術以外に絶対に救命できません。それを「再手術が困難になるまで検討しなかった」ことをどう考えたのかは、カルテでは最後まで読み取れません。空しい医療の果て、星野さんは術後2 日で亡くなりました。
 術後経過をカルテで検討すると、あまりにも多くの「なぜ?」があります。44年間無実を訴え続け一点の曇りもない星野さんの人生と、それを支えてきた家族に対して、熱意も誠意も感じられない医療センターの手術後の対応や説明は、あまりにも不釣り合いで、裁判を起こされて当然だと思います。そもそも、病理解剖もできないような施設で、こんな手術をやっていいのかも疑問に思います。
 受刑者の「患者としての権利」が制限されるという法的根拠は何でしょうか。担当医は、星野さんのセカンドオピニオンの求めに対し、「刑務所なので難しい」と、さも当然とばかりに権利を侵害しています。医療行為を受ける前提が十分な説明と同意である以上、それがなければ本来その医療行為はできないはずなのに、セカンドオピニオンの権利を放棄させ同意をとり、手術を行いました。重大な医療倫理違反です。セカンドオピニオンを認めない医療機関に手術の資格はありません。改めて医療情報を隠ぺいした徳島刑務所が、患者の権利を徹底的に奪ったことの重大さを感じます。

4 考察
 最も重要なことは、星野さんが44年間無実を一貫して訴えていたことです。それを無視して、全体像は考えられません。この国の司法は、繰り返し冤罪事件を起こしてきました。裁判所や検察が、一人一人の人権よりも、自分たちの組織の体面を優先させる結果だろうと、私は冤罪事件が起きるたびに感じてきました。人を裁き、その人生を大きく変え、時に命を奪う力を有している司法組織が、自分たちの過ちを正す勇気を持たずに、無罪の人の人権を奪い続けるという不正義に、どこでどういう反省をしているのでしょうか。日本の検察、裁判所、刑務所は、冤罪事件で長期拘留された人にどう謝っても取り返しがつかない人権侵害を犯してきた罪人です。しかし、誰も罪に問われることはありません。
徳島刑務所も、医療センターも、星野さんに対して、医療倫理に反して医療行為を行いました。そして、徳島刑務所は、長年にわたるがんの見逃しに対して、謝罪もしなかった。それどころか、その重大な医療情報を隠して仮釈放の議論をさせました。医療センターは、手術の失敗に対し、患者家族に誠意ある説明もせず、病理解剖も行わなかった。これらは通常の医療では絶対にあり得ないことです。
 「刑務所医療は、医療じゃない」。星野さんのカルテを検討して私が最後に到達した結論です。医療センターの術後管理は本当に不可解です。病態把握に努めようとしない。もしかして命が失われてしまうかもしれないという緊張感がまるでない。取り返しがつかない状況なのに、全く慌てない。患者の命に対する無気力、無関心、無責任。これが刑務所医療の中核にあるのではないでしょうか。「とりあえず」の対応の医療行為はしても、救命に関心がない。それでどんな結果になっても、責任を取る必要もない。刑務所内では、かけがえのない命が失われても問題にもされず、日々の業務の中に一人一人の死が、名前すらなく埋没し、忘れ去られていく。昨今問題が発覚した入管施設でのウィシュマ・サンダマリさんは、家族や仲間が問題にしたから、世の中がその死を知ることになりました。治外法権の巨大な闇がここにあります。徳島刑務所や医療センターの信じられない不作為から感じるのは、命に対する想像を絶する不感症です。これを医療ということはできません。そしてこれは、日本という国家の人権のあり方そのままです。
 人権が尊重されている国であれば、星野さんはこんな経過で亡くなる必要はありませんでした。手術は医療センターで行われてはなりませんでした。もし、仮釈放されていれば、それは回避できました。そう考えれば徳島刑務所が行った医療情報の隠ぺいこそが、星野さんの命を奪ったと言っていいと思います。仮釈放は絶対に認めない。この常軌を逸した国家的憎悪の中で、星野さんの基本的人権は踏みにじられ、その延長で星野さんは亡くなりました。星野さんは、国家によって殺された。私はそう思います。国家にその責任をとってほしいと思います。

5 あとがき
 同業の医師への批判は、常に自分への反省を迫り、傷がうずきます。ここに書いた言葉がいつ自分に向かってくるかもしれません。医師である限り、患者の人生に向き合い、最善の、誠意ある医療を提供するために努力をし続けるのは、私の義務です。
 最後に裁判官にお願いがあります。星野さんが描いた絵をご覧下さい。一貫して彼が無実を訴えていたという事実の重みを感じて下さい。星野さんの人権を認め、回復して下さい。国家の過ちを正して下さい。そして星野さんに安らかな眠りを与えて下さい。


124号掲載
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