9月9日の第7回口頭弁論で、弁護団は布施幸彦医師(ふくしま共同診療所院長)の意見書を提出しました。カルテを精査して、星野文昭さんの肝臓がんを早期に発見できたはずの徳島刑務所を弾劾しています。要旨を編集部がまとめました。
18年の秋には肝臓がんを発見できた
2015年2月から2018年2月までは体重は56㌔前後で推移していたが、それ以降徐々に減り、東日本成人矯正医療センター入所時には48・8㌔まで減少している。
顕著な体重減少と徳島刑務所が星野さんに対して実施していた血液検査の結果から、2018年秋の時点で星野さんの肝臓がんは発見出来ました。
血液検査の数値の推移を見ていきます。まずはHDLコレステロール値(以下HDLと略)が2015年7月には48でした。その後徐々に低下し、2017年3月には39です。市民健診では、HDL値は40以上が正常です。星野さんの場合は2017年6月には29まで低下し、2018年6月も28です。健康診断では、39~35は要指導で、34以下は要医療と診断されます。39は既に低HDL血症、つまり脂質異常症です。ところが星野さんのカルテには低HDL血症(脂質異常症)の記載が一切ない。刑務所の医師は2017年6月、2018年6月の2回にわたってこの異常な数値を見逃し、低HDL血症の治療を怠っていたと言えます。HDLは冠動脈疾患の悪化要因として有名です。
刑務所の食事は健康食で脂質異常性になる食事ではないことを踏まえると、この低HDL血症は肝障害によるものと、医師なら簡単に推測できるものです。この2度にわたる見逃しが肝臓がんを見逃したことにつながりました。
健康診断ではγGTPは50以下が正常です。50から100は要指導、101以上が要医療とされています。星野さんは2015年7月の時点では19 でした。それが2018年6月には77になっています。19年2月は155、4月は182に上昇しています。ところが、カルテにはγGTP77の記載がありません。刑務所の医師は健康診断レベルのγGTPの高値を見逃していたということです。
激しい食欲不振の訴えを完全に無視
星野さんの訴えと徳島刑務所等への申し入れ
( 2018年8月以降)
2018 年
8.22 20日ころから胃の周辺部が痛かった。22日、右
腹部にこれまでにない激痛。視界がぼやけて、チカチカし
て、血流が逆流するような感じ。吐き気、ゲリ。医師「胃
ケイレン」という見立て。1日入院した。
9. 4 3キロ減。食欲なし。食べ物をみると拒否反応示す。
9.12 弁護団が徳島刑務所へ「粥を食べさせるように。作
業を軽減。釈放し、専門の医療機関で検査を行えるように
すべき」と申し入れ。
10.13 食欲ない。腰に力が入らない。ご飯にお茶をかけて
無理に食べている。
10.14 四国地方更生保護委員会へ「健康状態を仮釈放審理
の中心にすえろ」と強く要求。
11.26 食べ物をみると吐き気。医師の診察を希望している
が認められていない。
12.17 弁護団、「胃ケイレンを発症させた原因を明らかに
せよ」と刑務所へ申し入れ。
12.18 体重が50キロで最低になった。食欲ない。
12.26 食欲がない。特にご飯がパサパサしていて固い。の
どを通らない。これだけ太らない、食べられないのはガン
ではないか。医師は血糖値は気にしているが、体重が減っ
ていることは気にしていなかった。
2019 年
2. 5 弁護団、医療データの開示請求するが、出さない。
2.15 体重が減っている。ご飯をお茶づけにして流し込む
ようにしている。
3.1 エコー検査を行った。結果は不明。
3.6 四国地方更生保護委員会へ「健康状態は尋常ではない
命を守るために、直ちに解放し、市中の医療機関で検査と
治療を受けられるように」と申し入れ。
3.15 エコーの結果は聞いていない。常に寒気を感じる。
すぐに疲れる。
3.25 更生保護委員会、仮釈放を認めない判断を下す。
4.15 49キロ。刑務所へ「医療データの開示とご飯をや
わらかくするように」申し入れ。
4.18 東日本成人矯正医療センターへ移監
エコー検査「肝臓の前の方にあやしげな組織ある」
4.19 心電図 CTスキャン 11×14cm の肝臓がんと判明
4.20 MRI検査
5.28 手術
5.30 死亡 |
2018年8月20日、星野さんは体重減少と食欲不振を訴えています。8月24日と28日に便潜血検査が行われ、同年10月10日に胃カメラや便潜血検査を行いました。しかし、胃がんや大腸がんは否定されたのだから、他の病気を疑うべきでした。この時点で腹部超音波検査が行われていれば、2018年秋には肝臓がんを発見出来たはずです。
その上で星野さんは有機溶剤を使用する作業をしていたことも考慮すべきでした。有機溶剤は半年毎の健康診断が義務づけられています。γGTPは薬剤性で上昇することは周知の事実ですので、γGTPの上昇は有機溶剤によるものではないか、または使用しているジャヌピアなどの薬剤によるものではないかと疑うのが臨床医、産業医の義務です。刑務所の医師は星野さんの主治医なのにそれを怠っていたとしか言いようがありません。
せめて2018年秋の段階で血液生化学的検査が行われていればγGTPの重なる上昇や貧血、血小板増加を発見出来たでしょう。つまり、秋の段階で肝臓がんを発見出来たのです。
18年秋ならがんは十分に小さかった 2018年秋の段階で発見出来ていたら肝細胞がんのサイズは十分に小さく、手術がより簡単となり、安全に出来ていた。
「肝細胞がんの発育速度」に関しての論文があります。がんの容積が2倍になる時間は平均すると75日と記載されています。
東日本成人矯正医療センターでの腹部CT(4月19日)では、星野さんの肝臓がんの大きさは12㌢×10㌢×13㌢と記載されています。その4分の1の体積は2018年10月下旬となります。星野さんの肝臓は、2018年秋の段階ではかなり小さかったことが推測されます。
直径5㌢以下の腫瘍(しゅよう)であるならば、違う治療法も選択できたであろうし、手術も肝右葉全摘ではなく、肝区域切除で済んだ可能性も高く、治療法も手術一辺倒ではなく、安全な様々な方法が考えられました。
腫瘤発見後も徳島刑務所は治療放棄 星野さんはステージⅡです。初期成功率という点からみると、がん研有明病院のように肝臓がんの手術を多く行っている施設なら、星野さんの手術の初期成功率は2019年5月の段階でも93%以上、2018年秋の段階で発見されていれば、初期成功率はほぼ100%となったでしょう。
徳島刑務所は3月4日~12日まではどこにも照会していないし、13日付けの消化器内科に照会して断られると以後は他の医療機関には全く照会していない。つまり1カ月間放置していたということです。
徳島刑務所は四国地方更生保護委員会に通知をしなかったことを認めた上で、「亡星野に認められた腫瘤(しゅりゅう)について確定診断がなされておらず、医学的な解明がなされていない状況であったことから、未だ『心身の状況』に『変動が生じた』とは言い難いとして更生保護委員会への通知を行わなかった」と主張していますが、ほとんどのがんは手術して初めて確定診断となるのです。
巨大な肝臓がんは何時破裂してもおかしくない状態にあり、1日でも早い手術が必要です。そして手術をすれば完治できた可能性が高い星野さんを、仮釈放を認めさせないためだけに、48日間放置したことは、徳島刑務所はその間に星野さんが肝臓がんによる肝破裂で獄死しても構わないという決断をしたということに他なりません。
また、強い外力がかかれば肝臓がんが破裂する危険があるのに、徳島から東京まで車で移送したことにも問題があります。徳島刑務所は人権侵害・人命軽視を行い、その結果として星野さんは亡くなったのです。
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星野新聞第120号 掲載
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