星野暁子さん面会日記
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2013年 8月20日~22日

        運動の力になる本ができた

  8月20日、車から降りると熱風の中を歩いているように暑い。「ようやく昨夜は風が入るようになって、眠ることができたよ」と文昭。今作っている星野闘争の本づくりの話になった。文昭の陳述書、6・30全国集会のアピール、書き下ろしの「絵と私」を掲載することになったと伝えた。「要望が通ったんだ」と文昭はうれしそうに言った。
 「文昭の文章、センテンスが長すぎるからもう少し短くした方がわかりやすいよ。文昭のアジテーションは、ものすごくわかりやすかったって聞いているけどね」と私か言うと、「僕のアジテーションは、聞いてくれる人によって言葉を変えてたんだ。わかりやすいってよく言われてたよ。文章のセンテンスが長いのは、長く獄中にいるせいもあるよね。文章は苦手な方なんだ」。本づくりで、盛り上がった一日目の面会だった。


 2日目、午後からの面会だ。この日は四国管区のコンクールに出展した絵2枚と新作を見ながら話した。『アフガンーカブールの姉妹Ⅱは前にも描いた題付だが、「自分と同じぐらいの身丈の妹を抱いているけなげな姉。戦火の中にありながら、笑顔を失わない姉妹を描いた」と文昭。2位になった作品だ。もう一枚は『未来につながる生命』、二人の抱き合う天使とバラの花が描かれている。「コンクールでは、花ばかり描いているという理由で3位たった」と文昭は笑った。新作は『暁子が生まれ育っ
た米沢の庭に咲く紫陽花』。紫陽花の花を描いてほしいという私の要望を適えてくれた。「紫陽花の写真が山川さんが送ってくれた写真の中にあったと思って、汗だくになってさがしたんだ」。紫陽花を描くのは初めてだったが、いい仕上がりになった。
 「お盆休み、暑さで大変だったでしょう」と聞いた。「いつもは暑さで眠れないのは一週間ぐらいだけど、今年は7月からずうっと続いている。昨夜もずうっとうちわであおいで、蒲団の冷たいところを探して、眠ったのは2時間ぐらいだった。月の位置で時間をみるようにしているんだ。ふらつくこともあるけど、無理はしないで水分を多めにとって体力を保持するようにしているよ」。
 「あせもからできた吹き出物は、この暑さで増えているから、薬を一生懸命ぬっているよ」。血圧は130-75でいい方だが、ちょっとやせたように思った。
 

暑さ対策で申し入れ
面会3日目。3日目も、じっくり面会がしたくて午後の面会を選んだ。夕べも眠れなかったという文昭に、20日に暑さ対策で申し入れをしたことを伝えた。「入が死ぬような状態が続いているわけだから、(刑務所は)きちんとした対応をしなければならない」と文昭。
 本づくりの話になった。文昭は私の手記を読んだだけだが、こんなふうに感想を述べた。「知っている人が読めば、米山良江さんが涙を流して素晴らしいと言ってくれたように、暁子が大変な中でこまで来たことを受けとめてもらえると思う。知らない人が読んでも感動してもらえると思う。星野闘争にとっても力になるし、他のことをやっている人にとっても力を得る内容だと思う。何より僕自身が暁子が僕に対してしてくれた素晴らしさに気づかされたよ」。「今までは、気づかなかっだの?」と言うと、「わかっていたけど、今まで以上にわかるようになった」と文昭は言った。
 9・8の徳島刑務所包囲デモの時、門前で文昭の好きな「釜出港へ帰れ」をみんなで歌いたいと伝えた。この歌は南北統一の願いがこめられた歌だ。「ベトナム戦争でベトナムに行った兵士に帰ってくることを呼びかける反戦歌として唄っていたよ。歌は苦手で、全部歌える数少ない曲なんだ。みんなに僕の思いを伝えてほしい」と文昭は言って、3日目の面会を終えた。