星野暁子さん面会日記
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2012年 9月17日~20日

 26回目の結婚記念日
 これでやっていけると心から確信

 9月17日、26回目の結婚記念日は、祝日で面会はできなかったけれど、私は台風の迫っている徳島に向かった。ホテルで、日本酒を飲みながら、一人会話を楽しんだ。
 翌朝、お天気は晴れ。待ち受けていたさわやかな文昭に出会うことができた。「元気だった?」「すごく元気だよ」新しい詩を3篇朗読すると、文昭は「3つとも、暁子の気持ちに触れられたようでいいね。特に、『母の背中に』が印象的だ」と言った。
 「松室しおりさんから手紙がきたよ。暁子の詩をこれからの指針のように受けとめているんだね。最後のところは、暁子の僕に対する気持ちだろうって言ってた。控えめだけど、芯が一本入っているしっかりした人だね。内田晶てるまさ 理君にも、直接会えたらどんなにいいか。暁子がうらやましいよ」と文昭。「ここで奪われているものはあるけど、やれることをやっている。この1~2ヶ月の間で、これで無期と闘っていけるという感じになっている」と言った。


 心の底から怒ることはひとつだ
 19日、二日目の面会。文昭の話しを聞こうとして面会に臨んだ。「無期攻撃と闘う上で、求められているものが獲得できなかった。獲得しようとして七転八倒した。重圧に対応できず拘禁症になったりした。『これでやっていける』ものを得ることができたことで、今までの追い立てられるような緊張感と焦りがなくなって、すべてに余裕を持って向き合えるようになっている。今まで向き合ってこれなかったことに向き合えるようになった。暁子がいっしょに生きていてくれることに対してもね。僕の中の思いとしては、世の中のことも星野弾圧のことも、怒らなければならないことに心の底から怒ることはひとつだ。利潤を第一にする資本主義という敵の正体をよりはっきりさせることができて、怒りがふつふつと沸くようになった。許さないということ、世の中を根本から変える、団結した力で世の中を変えていくということが、曖昧さなく深められ、強められた。『これでやっていける』と心から確信できる。その中で、暁子と僕のすべてを解き放って、暁子の大切さ、意味合いを改めてとらえることが出来ている」。

 大きな一歩を踏み出した記念日
20日、3日目の面会。
 「獄壁があって、奪われている。獄外で当たり前のように惹かれあったり、胸がときめいたりすることができない。新たな気持ちで、暁子といっしょに生きていく。大切に向き合って、つくっていきたい」と文昭は言った。シューマンの恋人、クララが書いた「愛の手紙」を読みながら、そんなことを思ったという。
 「僕が、誰も経験したことのない状況に置かれながら、手を差し出したら、それを握ってくれたのは、暁子だった。暁子の人間的素晴らしさ、その中にすべてがあった。人間にとって一番困難な中に、あえて身をおいて闘う。その中に、人間にとって一番大切なきずな、愛情をうまずたゆまず培ってきた。暁子がそういう選択をしてくれた。その中に暁子が本来もっている素晴らしさがある」と文昭。
 量から質に転化してこの地平が獲得できたのだという。この1~2ヶ月の間に何があったろう。動労水戸との交流、動労千葉との交流があった。仲山論文を読み、70年の闘いと今の闘いを一体にとらえ、その中に星野の闘いが位置づいたことを、文昭は喜んでいた。暴処法弾圧で全学連の学生たちが無罪判決を勝ち取り、文昭に無罪のバトンを渡してくれたこと、内田君、松室さんの結婚パーテイで、私が二人のために詩をつくり朗読したこと等、文昭が若い人たちの中に生きていることが伝わったことも、文昭にとってうれしかったろう。そして、私が文昭とともに歩んできた26年を大切に思っていること、文昭と共に生きてきた自分が大好きだよと言ったことも、私が文昭と共に生きることで、人生を奪われることを苦しんできた文昭にとって、「一番のプレゼント」だったろう。
 すべてを奪い返す主体として自信をもって文昭と私が立って、大きな一歩を踏み出した記念日だった。