セミとデモと大槻さん
せみが鳴く
ヒロシマの せみだけが
鳴きしげる 午前7時
昨年の8月6日
車いすの大槻さんの姿は
みんなを 奮いたたせた
一昨年の8月6日も
必 ず大槻さんは
デモ隊を 迎え待った
今年の8月6日
原爆の時を 迎え撃つ
デモの隊列に
大槻さんの姿は なかった
そして まもなく
大槻さんの 訃報が 届いた
すべての 気力を
闘いに 注いで
大槻さんは 逝った
大槻さんが
8・6の闘いの場に
いないということは
それは 死ということだったのだと
みんなは 思った
星野としての 発言が
できるよう 必ず
かけあってくれた 大槻さん
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ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ-未来につながる子どもたち
ヒロシマと革命と星野は
いつも 大槻さんの中で
ひとつ だった
せみが鳴く
ヒロシマの せみだけが
鳴きしげる
大槻さん 目を見開いて
見守っていて ください
過ちは 繰り返されたのですから
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結婚25周年に
結婚25周年に
贈られた ゆりとばらの みごとな
花かご
カスミソウとばらとゆりの 花束
バラとカーネーションの小さな
花かごもある
部屋いっぱいに ゆりの高貴な
香りが ただよって
あなたが 描く 花々が
まるで 実物になって
私のところに きたような
うれしさ
結婚25周年に
あなたは 等身大の
私の 笑顔の写真が ほしいと言った
面会と手紙でのかたらいを
濃密に 生きて
会えない日々を
いっしょに 生きる 日々として
積み上げた 愛を
そおっと 贈ります
笑顔の よく似合う暁子の
「いっしょに 生きてこれて
本当に よかった」
の言葉とともに
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