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5・29全国集会 赤池一将龍谷大学教授講演(要旨)
刑務所医療の非人間性を暴く

 私は星野文昭さんより十歳ほど年下で、星野さんを知る者ではありません。しかし、星野さんが被った刑事施設での医療の理不尽な経緯を知り、避けずに係わらなければならない問題だと考えました。星野さんが命をもって示した問題です。今日は刑事収容施設での
医療の目的と、医療の水準という二つの観点からお話しさせて頂きます。
 医療の目的の観点は、2019年3月1日から4月17日にかけて、腹部エコーにより肝臓がんを発見しながら、医師も施設も何もせず、本人にも知らせなかった問題に、また、医療水準の観点は、2018年8月22日に星野さんが腹痛で倒れた後、10月まで腹部エコーを行わなかったのは何故か、5月29日の術後処置は適切だったか等の問いに関係します。
 刑務所の医療は、基本的には外部の総合病院に委託し、受刑者にも通常の医療を提供する、そのために医療の責任を法務省から厚労省に移管し、通常の医療同様に刑務所医療にも健康保険を適用する、そのための健康保険料や
治療費を国が負担する―刑事施設医療の改革に成功した諸外国の検討から、私どもの研究会では提言しています。しかし、なかなか受け入れられません。「完結主義」と言いますが、刑事施設での業務は全て施設職員が行うという原則から、医療でも外部機関による介入は厳格に制限されるからです。

 「医療はなんのため」?
 法務省とこの問題を話していると、刑務所医療の目的は受刑者の健康のためではなく、「刑の執行のため」という言葉が必ず出てきます。
 普通血液検査をした場合、検査表の一枚は患者さんに渡しますが、刑務所では「被収容者には渡さない」「基本的には捨てる」のです。「施設が出した検査、施設による医療の結果だから、写しの紙も施設長のものだ」というのです。しかし、それは本人の医療情報です。この点を問えば「被収容者の健康を維持するのは刑の執行のため」との答えが返ってきます。これはいわば魔法の言葉で、医療だけではなく施設収容問題の様々な場面で出てきます。
 法律は「刑事施設の長は、速やかに、刑事施設の職員である医師による診療を行い、その他必要な措置をとるものとする」と規定しています。不自然な文章ですが、医療の実施責任者が医師ではなく施設長であり、患者の主体性はどこにもないことが示されています。

 医師法に抵触する医療
 通常、受刑者が診療所に自分で行って医師の診療を求めることは許されません。週1~2度、准看護師資格をもつ刑務官が作業場に来て希望をとりますが、その刑務官はスクリーニングします。それは「詐病が非常に多いためやむを得ない」と説明されます。
 訓令は、看護師又は准看護師の資格を持つ刑務官に「診察の緊急性の判断」をさせた上で「医師において診察の要否を判断する」と規定しますが、要否の判断は当然に診察によるわけで、最初に刑務官が行う「緊急性の判断」が医師の診察の可否を左右します。
 この医療体制は医師法の規定に抵触します。刑務官が実質的に「診察の要否の判断」を行うのは無資格診療になりますし、「緊急性なし」として医師に連絡しないのは医師法の応召義務を妨害するものです。さらに施設の備薬を与えて済ますのは、厳格には無診療治療となります。刑事施設の医療体制自体が医師法から逸脱する構造になっています。

 最高裁判決と刑事施設医療
 昨年6月の最高裁の判決が、刑事施設の被収容者が収容中に受けた診察に関する保有個人情報も開示請求の対象となると判示しました。刑事施設の中でも医療法や医師法が適用され、診療に当たる医師も医師法に従って診療行為を行う点を確認した上で、被収容者が収容中に受ける診療の性質は、社会一般において提供されるものと同様であることを明らかにしました。
 補足意見で宇賀裁判官は、「刑事施設における診療に関する情報であっても、インフォームドコンセントの重要性は異ならない」「刑事施設における自己の医療情報へのアクセスの保障は、グローバルスタンダードになっている」とし、日本においてもマンデラルール等のグローバルスタンダードを尊重すべきと述べました。
 名古屋刑務所の事件の後、2003年の国会において刑事施設医療が問題にされました。過去10年間の死亡帳の検討から、不審死事例として取り上げられた238例について、参考人の医師は、50件の死因が「急性心不全」である点をとりあげ、それが「死亡診断書において許されない病名」であり、「実際にもし当院でこういうことが起こったとしたならば、200件以上の医療訴訟を受けてしまうだろう」と述べ、カルテに関しても「非常に内容的に貧困で、全くカルテとは言えない内容」とし、「助ける気があるのかないのかわからない」とまで述べています。
 しかし当局は一貫して、「国の措置に問題はない」との態度を続けてきました。そう言って済ますことができたのは、国賠等の裁判において、被収容者にその医療情報を開示せずに済んでいたからでしょう。その意味で、その実務の変更を促した先の最高裁判決には重要な意味があります。

 刑務所の医療水準とは
 次に、刑事施設医療の水準という問題があります。私どもの研究会では、刑事施設での医療費が一般社会の半分以下に抑えられている点や、外部の病院に施設の医療を委託した例との比較から、刑事施設においては、治療内容で投薬の占める比率が異常に高い点等の問題性を検討してきました。
 当局は「必要な治療のために国費を惜しむことはない」と強弁します。C型肝炎の治療を要する受刑者は2万人、その治療に要する費用は800億円に上ります。そのうち、実際に刑事施設で治療対象となるのは年間20~50人程度と報告されています。一般社会では保険治療の対象者となる肝硬変患者でも、出所まで2年程度の者も、C型肝炎の受刑者の多数を占める懲役2年6月程度の覚せい剤自己使用者も除かれます。その意味では、診療ガイドラインに沿った治療を見ることはできません。
 「刑の執行」のためではなく「被収容者の健康保持」のための医療水準こそ、「社会一般の医療水準」に他なりません。そして、それは医師や医療機関の法的責任を問う要件としての過失の判定基準です。
 医療水準は医療機関の性格や特性を勘案すべきとの見方もありますが、判例は、環境を理由に医師の「最善の注意義務」を薄める方向は示してはいません。刑事施設医療で問題にされてきた事例は、医療水準のベーシックな部分での学会作成のガイドラインに沿った治療が行われたか、専門違いや設備不足の場合に転医義務が果たされたか等、すでに医療水準が実際に普及定着した規範となっているケースであることを忘れてはなりません。
 国賠訴訟は困難な闘いです。しかし、流れは悪くありません。弁護団の奮闘を期待します
星野新聞第129号 掲載