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5・30全国集会基調報告
星野文昭さん獄死2年
星野国賠に勝利する全国運動を発展させよう

埋め立て土砂の搬入を弾劾(5月17日 米軍キャンプ・シュワブゲート前)

(はじめに)

 星野文昭さん獄死から2年が経ちました。5月25日に行われた群馬安養院の墓参では皆が国賠勝利を誓いあいました。
 本年は1971年11月14日の渋谷闘争から50年になります。この年沖縄では人々の願いを踏みにじるペテン的な「返還」を前にして2波にわたる全島ゼネストがうち抜かれ、県民総決起の怒りが爆発しました。11・14渋谷闘争はこれに何としても応えるために、沖縄=本土の分断を打ち破る学生と青年労働者の実力闘争としてうち抜かれました。
 私たちがいま沖縄に向き合うとき、改めてこの歴史的闘いと弾圧の内実について今日的に総括する必要があります。それは過去の闘いではなく、今現在も国家権力の沖縄政策にくさびを打ち込み続け、分断に立ちはだかる闘いとして貫かれているのです。私たちの闘いは、沖縄闘争と連帯する「星野闘争」として継承され、全国に根を広げてきました。この火種が辺野古新基地建設阻止の闘いや沖縄現地の闘いと切り結び、今、全国の反戦反基地闘争の高揚のなかにあって独自の力を開花させようとしています。
 一方、星野さん、奥深山幸男さんの命を奪ってなお、大坂正明さんにかけられている弾圧は、今現在も進行中であることを見据えなければなりません。見方を変えればこの50年に及ぶ攻防は権力側の執念によっても決着をつけられずにきたということです。50年も前の闘争に対する大坂さん起訴は、渋谷闘争が日本政府にどれだけの打撃だったかを表しています。対中国戦争をめぐって沖縄が再焦点化する今こそ、私たちの側から本土における沖縄闘争大弾圧を打ち破る決着をつけねばなりません。
 星野闘争の課題が鮮明になっています。
 まず何よりも星野さんを確信的に獄死に追いやった責任を徹底追及する国賠闘争に勝利する運動です。そして奥深山さんを病死に追い詰め、公訴棄却、免訴の訴えを40年に渡って棚ざらしにし続けたことへの怒りの反撃です。被告のまま殺された奥深山さんの無念を大坂さんを守り奪い返す闘いのなかに生かし切りましょう。これらを渋谷闘争弾圧の全体構造としてとらえ返し、改めて星野闘争・大坂闘争を一体的に闘っていきましょう。
 星野絵画展をさらに拡大し、戦争改憲阻止の創造的、大衆的な拠点として、人々の怒りと行動を組織して行きましょう。渋谷闘争50年、星野さんらが闘った11月14日を沖縄と連帯し新たな起点とするような企画をこの秋に準備したいと思います。

(1)星野国賠訴訟に勝利しよう
 国賠の闘いは2020年2月21日の国家賠償請求訴訟の提訴に始まり、これまでに5回の口頭弁論が、東京地裁民事第14部、井上正晴裁判長で闘われてきました。具体的な争点が明確になり、被告国側の許しがたい責任が鮮明になってきました。国家の意思を貫いて星野さんの命を奪ったという真実が見えてきたのです。
徳島刑務所の責任
(1)医師の検査放棄
 2018年8月22日、星野さんは激しい腹痛で倒れ、その後も食欲不振と体重減少が続き体調悪化が進んでいました。徳島刑務所の医師は、腹痛で倒れた直後に便潜血検査を行い、さらに10月に胃カメラ検査を行いました。これは「急性腹症」と診断し、その原因を解明するための検査を開始したことを示しています。
 ところが、2つの検査に異常が認められなかったのに、それ以上の原因究明を放棄したのです。2018年10月段階で、刑務所内でも可能な血液検査及びエコー検査をしていれば、肝臓がんが半年以上も早く発見され、手術による回復、生存の可能性は確実に高かったと言わねばなりません。明白な注意義務違反です。
 この追及に対して、被告は「血液検査や腹部超音波検査を実施すべき法的義務を認めるに足りる具体的な事情は認められない」と反論しました。しかし星野さんの体重は極度な食欲不振も重なって異常に減少し続けていたのです。2018年1月から10月までに6㎏減少もしており、原因究明のための検査は必須でした。
 しかしこれに対して被告は体重減少の期間を部分的に切り取った減少率を恣意的に持ち出し、さらに減少がどのように続いているかという重要な判断もしていません。これこそ「具体的事情」そのものなのです。しかも8月、9月、12月には家族らによる血液検査、エコー検査の要望書が出されているのです。
東日本成人矯正医療センターの責任
(1)管理運営体制の不備~ICUの虚偽
 被告は、医療センターでの手術は適正に行われたと主張しています。しかし、これも虚偽です。医療センターには、星野さんの手術を行う能力も設備もありませんでした。術後星野さんが入れられたのは、事前の説明にあったICUではなく、ただの「回復室」でした。それがICUの「基準に準じて」運用されていたと、被告は強弁しています。
 ICUにとって最も重要なのは人員配置です。厚生労働省の基準に従えば、専従の医師と看護師がいなければCUではありません。しかし被告は人員配置を明らかにしません。看護師が2交代制だったか3交代制だったかさえ、答えようとしません。
 星野さんが収容された2階A棟では、36人の入院患者に対し2人の看護師しかいませんでした。深夜の1時から5時までは看護記録が空白で、2人とも仮眠を取っていたと思われます。4000?を超える大量出血によってショック状態に陥っていた星野さんを放置して、医師も看護師も寝ていたのです。
(2)でたらめな術後管理
 星野さんは5時間55分の手術に耐え、4月28日午後5時頃に「回復室」に入りました。主治医は「手術は無事に終わっています」と暁子さんに伝えました。全国にこれが伝わり、心から安堵しましたが、ここから大問題が始まったのです。
 手術直後は血圧も正常で意識も明瞭でしたが、6時50分に血圧は64/43まで急激に低下し、以後、回復していません。全身への血流が低下し多臓器不全にいたるショック状態に陥ったのです。そしてこれを示すせん妄が現れ、「白い馬が何頭もみえる」と訴えたように意識の混濁が始まりました。さらに腎機能低下による尿量の減少、出血を示すヘモグロビン値の低下、動脈からの血ガス測定不能など、医療上のガイドラインからすれば完全に危険水域のショック状態でした。
 しかし被告はこれを否定しています。一定の血圧が維持されている、許容範囲の出血、頻呼吸がない、酸素吸入しながらのパルスオキシメーター測定値などを根拠にしていますが、医学的知見からは的外れな言い逃れであることは一目瞭然です。
 肝臓は血液の固まりのような臓器であり、その手術は大量出血に対する備えなしに行ってはなりません。いざと言う時は、すぐに再開腹し止血することが求められます。
 しかし、外部から呼んだ執刀医も助手を務めた外科医も帰宅してしまい、残ったのは当直の麻酔科医師1人でした。30分以内に呼び戻すオンコール体制もなかったのです。医療センターは再出血と再開腹の準備を整えないまま、手術を強行したのです。
 原告第3準備書面は被告を土俵際に追い込みました。さらなる追撃として専門医からの意見書提出を勝ち取り、関係者すべてを証人として引きだすことです。そして国の主張の底流にある「刑務所だからしかたがない」という論理を粉砕しなければなりません。

(2)改憲・戦争との闘い 「改憲・戦争阻止大行進」運動と一体に闘おう
   -広範な労働者民衆の怒りとの結合を-

(1)全世界で立ち上がる労働者民衆
 コロナ感染の拡大は世界情勢を一変させています。
 あくなき利潤を求める新自由主義はこのなかでも「命より金」の本質を貫き続けています。世界の超富裕層はこの1年足らずで資産を200兆円も増やしました。その一方、食べ物にさえ事欠く人々はコロナ前の6億9000万人からさらに1億3000万人増加しています。労働者民衆の闘いをつぶし、その権利を奪う非正規の労働者が溢れまともに生きられない現実です。しかし、世界そして日本にも深い怒りが充満しつつあります。いよいよ新たな闘いや運動が思い一つにしていたるとこから噴出しだしました。
 トランプを打倒したアメリカのBLM運動は、差別による分断支配の歴史的構造を打ち壊そうとしています。ミャンマーの全人民決起は軍事政権の実弾に立ち向かい、政権を支えてきた日本はじめ収奪をむさぼってきた世界の主要国の姿をあぶりだしました。とりわけ軍と直結したODAを狡猾に使い、利益を収奪してきた日本企業と政府を徹底弾劾し打倒しなければなりません。香港の民主化運動では中国政府の国家安全法下での弾圧を打ち破り闘いは継続されています。さらに韓国、トルコ、ヨーロッパ、ロシア、パレスチナはじめ、今日の世界は若い世代が担う、歴史を画する激動と社会変革の時代へと舵をきりました。その中心に労働組合、労働者の団結があり、全体を支えています。
(2)米中対立の現局面
 アメリカのバイデン政権は中国への攻撃を準備し、戦争挑発にその凶暴性をあらわにしています。対中対立を「21世紀における民主主義国家と専制主義国家の闘い」と位置付けました。
 アメリカを凌ぐ勢いの中国の経済、軍事の脅威に対して戦後のアメリカ標準を絶対とする世界体制の弱体化と崩壊に激しい危機感を募らせているのです。まさに第2次世界大戦時の帝国主義戦争を「民主主義とファシズムの戦争」と規定したスローガンを想起させる「戦争肯定の大義」を持ち出しました。
 米中にとって軍事的にも経済的にも死活的位置にある台湾は激突の最前線であり、中国の中距離ミサイル配備や海洋進出に対抗してアメリカの「軍事的優位」が死活的として沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ第一列島戦にミサイル網の構築を計画しています。さらに空母打撃軍を集結させ台湾海峡周辺の「6年以内の有事」を想定して、米中対立は極度の緊張関係に入りました。しかし、没落が激しいアメリカ経済はもはやこれまでのような独自の戦争遂行能力はありません。この情勢のなかでアメリカにとっては「同盟国」の動員が死活的な課題として突きつけられているのです。
(3)原理的に転換する日米安保体制
 バイデン政権になって「対等な日米同盟」のもとで、日米安保体制は「相互運用」から「相互依存」の関係が提言されました。これまで米軍が担ってきた軍事行動を自衛隊が肩代わりし、「中国によるアジアや世界中での挑発を含む、共通の挑戦に協力して対応する」として3月の日米共同声明で確認されました。
 日本政府が堅持してきた「台中双方の対話による平和的解決」の立場が根本から転換されています。台湾有事に際しては日米が緊密に連携し中国を恫喝し、日米共同声明では「日本は日米同盟をさらに強化するために(攻撃)能力を向上させる」と明記しました。これは単に日米安保体制を強化のレベルを超えた軍事同盟としての原理的転換です。米軍と自衛隊との限りない一体化を進め、九州から与那国島にいたる南西諸島のミサイル配備を自衛隊が担い、日本版海兵隊である水陸機動団が島嶼防衛に配置されているのです。この秋には陸上自衛隊のほぼ全隊員14万人の大演習が南西諸島で大規模に行われようとしています。これらの計画が着々と進むなか攻撃型空母の保有、ミサイル開発、超高度から攻撃する高速滑空弾など独自開発が進んでいます。「専守防衛」の建前を完全に投げ捨て、声高に叫ばれる「敵基地攻撃能力」は際限ない軍拡と核を含む先制攻撃能力そのものです。絶対にこれを許してはなりません。そしてこの実態を激変的に示しているのが沖縄です。
(4)沖縄の怒りとひとつに
 沖縄の基地は日米安保の最大の実態であり、本土と分断されて犠牲と弾圧を集中されてきました。1972年の「本土復帰」は何一つこの現実を変えませんでした。
 しかし今日では米中の後戻りできない対立によって日米軍事同盟は原理的に転換され沖縄の風景を激変させています。米日が想定する対中国、朝鮮戦争によりアメリカ本国から多くの戦闘機、作戦機が飛来し日米共同の軍事作戦訓練が激化しています。これまでも「沖縄から安保が見える」と言われてきました。しかし今では「沖縄のなかに戦場が見える」情勢が生み出されているのです
 九州から南西諸島に至る軍事列島の司令塔を沖縄に据え米軍と自衛隊が一体化しています。これを裏付けるように辺野古新基地が米軍、自衛隊の司令部、実戦配備、訓練の基地として共同使用する計画が暴露されました。米海兵隊のグァム撤退計画にともない陸自幹部が「将来的に自衛隊の基地になる」と本音を暴露したのです。世界一危険な基地だとしてあくまでも辺野古を普天間飛行場の代替移設としていた日本政府のペテンが満天下に晒されています。
 しかし、多くの反対の声を押し切りながらも新基地建設の完成のめどはまったく立っていません。大浦湾の軟弱地盤は現代の工法では埋め立て不可能とされ、米軍関係者、本国政府からも完成が冷淡視されています。ここに工費が9300億円も費やされ、最低でも12年の工期が見積もられていることは計画自体の破綻を示しています。これに大見得を切る安倍・菅政権による絶望的な建設強行は沖縄県民の怒りをさらに加速、爆発させるだけです。
 さらにこの怒りに火をつけたのが南部の土砂を辺野古埋め立てに投入する計画です。この土砂には沖縄戦最大の激戦地で亡くなった多くの方々の地と骨が含まれ、未だ収集が続いているのです。この沖縄のこころを踏みにじる行為は絶対に許されません。
 米軍の実践訓練も頻度を増しています。超低空飛行、オスプレイの急旋回、パラシュート降下、タッチアンドゴーなど沖縄すべてを戦場に見立てる訓練は学校、保育園を含む市街地を平然と危険に晒し生活を破壊しています。南西諸島では実戦さながらの自衛隊の島嶼奪還上陸訓練が公然と進められています。沖縄返還のペテンに怒り爆発した1971年の基地労働者を先頭とした2波の全島ゼネストから50年。新たな怒りの歯車は階級への覚醒をともないながら青年労働者に引き継がれています。「沖縄万人の力で星野さんを取り戻す会」は星野闘争の最前線で闘い沖縄=本土を貫き続けています。沖縄は世界を揺るがすと闘いと連帯を求める闘いに入りまし。沖縄と連帯する闘いは本土=沖縄連帯を貫いた星野さんに必ず繋がります。この原点を貫きましょう。
(5)沖縄=本土を貫く戦争・改憲阻止大行進を闘おう
 改憲攻撃は日米安保を上位に置き憲法を従属させる虚偽によって進められています。首都圏では米海軍横須賀基地に海上自衛隊、空軍横田基地に航空自衛隊、陸軍厚木基地に陸上自衛隊の各総司令部が設置され米軍と一体で運用されています。自衛隊木更津駐屯地ではオスプレイ配備、修理機能が創設され、木更津上空が訓練空域化されつつあります。米軍横田基地ではオスプレイの夜間訓練、低空飛行、降下訓練など実践さながら激しさは増しています。これらは全国の米軍基地が事実上、臨戦態勢にあることを示すものです。沖縄を最前線に日本全体の要塞化が進められているのです。とりわけこれを阻止、粉砕する首都圏の闘いが重要となりました。
 安倍を引き継ぐ菅政権の改憲策動の眼目は9条改正にあり独自の戦争国家を作りだすことにあります。今国会のすべての改悪法案はこのもとで出されました。内閣府を頂点に戦前の内務省=デジタル庁を新たに設置し思想信条、活動を調査、監視するデジタル関連法案が国会を通過し、改憲への地ならしである国民投票法案が採決強行されようとしています。これと一体に出された「土地取引規制法」は基地周辺1キロ圏の所有者らの活動を監視規制し抗議行動含め反戦、反基地闘争を圧殺するものです。国会前はこれらに反対する闘いが連日、多くの人で埋め尽くされました。一方この闘いによって改悪入管法は取り下げられ事実上廃案となりました。外登法・入管法全国実とともに改憲戦争阻止大行進運動はこの闘いを先頭で担っています。コロナ、オリンピック、原発など、政治の腐敗と労働者民衆の怒りは高まっています。
 戦争は改憲を必要とし、改憲は戦争を必要とします。まさに戦争・改憲阻止の闘いはひとつのものです。改憲戦争阻止大行進運動は反戦政治闘争を階級的労働運動の正面課題とする動労千葉、全日建運輸連帯労組関生支部、港合同の3労組が呼びかけ結成された労働者大衆の運動です。今、この運動が全国的結集軸として大きく前進しています。この闘いのなかで星野闘争をさらに前進させましょう。戦争改憲阻止大行進を共に闘い、星野さんを知らしめ星野さんを引き継ぐ正面課題として闘いましょう。

(3)星野国賠訴訟に勝利する全国運動

(1)星野闘争の新たな発展の土台
 国家賠償請求裁判はその勝利が困難と言われています。膨大な証拠を国が持ち、隠し、ウソをつき、その上で立証責任は原告側に求められます。さらに被告、国は全面的に答える義務もありません。
 星野国賠はこれに挑んでいます。これを決する力はただひとつです。困難に打ち勝ち私たちが積み上げてきた再審闘争、更生保護委員会闘争を土台とした運動の力です。個人対国の限界を乗り越える運動対国の対決なのです。
 星野国賠は5回の口頭弁論によって被告、国を追い詰めています。迅速な証拠保全によって勝ち取った膨大な証拠に基づく追及が被告、国の反論を完全に粉砕しています。虐殺に等しい星野さん獄死について徳島刑務所、東日本成人矯正医療センターの不作為が明らかとなりその弁明を「刑務所だからしかたがない」「刑務所でできることはやった」と開きなおっています。
 しかし刑事収容施設法56条が示す、「刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛星を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする」について何一つ説得力がある回答はありません。むしろ、原告側こそが法律に基づく主張をなし被告、国側の主張がおよそ法律からかけ離れた主張の主客転倒の裁判になっています。ここで重要なことは「刑務所だからしかたがない」といった論理に内外を通して徹底弾劾、粉砕する裁判にすることです。星野国賠の社会的意義と課題がここにあります。
①連帯する闘いのひろがり
 名古屋入管のウィシュマさん虐殺はこの「論理」で逃げ切ろうとしましたが法務省は改悪入管法審議で追及され、殺害の実態が明らかになろうとするや法案は取り下げられ粉砕されたのです。これも国、法務省の刑事施設、入管施設医療と処遇の悪辣な闇が社会問題として暴露されようとしたからです。そもそも医師が施設長に従属させられるのが法務省の医療であり、これまで多くの受刑者、収容者の命が闇に葬られてきたのです。月形刑務所で獄死させられた伊藤耕さんの国賠も全く同じです。星野国賠の闘いは徹底的に国家権力法務省との対決であり排外差別分断を闘う入管闘争と一体の闘いとなりました。
 もう一つは狭山闘争と連帯する闘いです。70年沖縄安保闘争の高揚は渋谷闘争を不可避とし青年労働者、学生の決起を膨大に生み出しました。この高揚のなかで治安目的に部落差別を使った国家犯罪が暴かれ、石川一雄さんの無実解放を闘う狭山闘争が爆発し若い青年たち10万人が東京高裁を取り囲んだのです。国権力を徹底弾劾し58年貫かれる闘いは今、新たに全国水平同盟の闘いと運動を登場させ第3次再審で裁判所を追い詰めています。これに応えて大阪、埼玉、杉並の星野闘争が先頭に立ち狭山・星野連帯の写真展、絵画展などを企画し運動の幅を広げています。狭山闘争の勝利は一挙に法務省を瓦解させ星野国賠と第3次再審闘争、大坂闘争の勝利を引き寄せる力です。
 さらに三里塚との連帯を強めましょう。1971年の春から秋、星野さんは三里塚に常駐し、農地強奪阻止のために闘いました。星野さんの遺骨は、札幌、米沢、三里塚に分骨され、群馬県の安養院に納骨されました。天神峰にある星野さんのプレートは、現在も市東孝雄さんの農地を守っています。
②絵画展を発展させよう
 星野さん亡き後も絵画展は継続発展しています。全国の絵画展では地域のさまざまな表現者とのコラボや改憲阻止の闘いとひとつに開催されています。精力的に全国行脚する暁子さんの講演も力を発揮しています。ここに多くの人々が訪れ、かけがえのない交流の広場となり新たな出会いを生み出しています。
 東京ではアメリカBLM運動の象徴となった故ジョージフロイドさんと星野さんの肖像画2点が寄贈されました。殺害された2人を一体的に捉えた作品は絵画展を大きく発展させました。この作品を全国展開できる体制を準備しています。さらに星野絵画展を運動の拠点とし東京地裁への要望書を集中する場として発展させましょう。
③要望書を集めよう
 全国運動を発展させる具体的な方針は、全国で要望書を集めることです。
 絵画展を始め、各種集会や街頭宣伝で呼びかけ、さらに各地の労働組合や運動団体に訴えましょう。すでに各地の絵画展は、要望書を集める最大の場となっています。そこは、まわりを気にすることなく星野さんの生き方を語り、政治を語ることができます。要望書を書くだけではなく、自ら要望書を集める人まで生まれています。
 このような闘いを進める最大の動力は、星野さん獄死への怒りであり、44年間不屈の闘いを貫いた星野さんへの共感と連帯です。
④呼びかけ人とともに学習会を定期的に開こう
 4月、弁護団の藤田城治弁護士を講師として1回目の学習会を行いました。4月22日の第5回口頭弁論に提出される準備書面の焦点について、踏み込んだ追及の内容がテーマになりました。活発な質疑応答で会場は熱気に満ちた学習会となり、参加した皆が絵画展などで詳しく解説できるように集中しました。
 学習会の目的は何よりも裁判に打ち勝つ論理を形成し深めることです。さらに呼びかけ人の積極的参加を促しながら、さらなる呼びかけ人を組織して行くことです。講師として呼びかけ人自身の運動からの提起もお願いします。私たちの運動と関連するあらゆる領域からの参加を呼びかけ報告集を全国に発進します。この報告集を積極的に各会で学習しましょう。さらに闘いを全国に広げる出発点とし次なる構想を練り上げたいと思います。

11・14渋谷闘争50年
 今年、星野文昭さん、大坂正明さん、奥深山幸男さんらが11・14渋谷闘争を闘ってから50年になります。この50年は同時に、新自由主義が世界にはびこり人間としてのあり方を破壊してきた50年でもあります。そして今、この2つが真正面から激突し、まったく新しい激動の時代を切り開こうとしています。
 世界には怒りと闘いがあふれています。アメリカの労働者民衆はトランプ大統領を倒しました。香港でも、ミャンマーでも、パレスチナでも、トルコでも、そして韓国でも不屈の闘いが続けられています。
この日本においても、明らかに新たな高揚が始まっています。菅政権は、コロナ緊急事態宣言の再延長を発表し、何がなんでも東京オリンピックを強行する姿勢を示しました。まさにコロナよりオリンピック、命より金です。菅政権が企んだ入管法改悪は、激しい反対の声の前に挫折しました。
 星野文昭さんの精神を引き継ぎ体現する闘いを広げていきましょう。それこそが星野国賠に勝利する全国運動です。
 本日、全国集会の呼びかけ人が星陵会館に集まり、第1回の打ち合わせを行いました。本日の集会から新しい闘いを始めます。星野文昭さんの精神と闘いを中軸に据えて、広範な労働者民衆の怒りと結びつく闘いを広げましょう。

                                     以上
星野新聞第117号 要旨掲載