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星野さんが誇りとした活動に学びたい
新たに国賠弁護団に参加するにあたって

国賠提訴へ東京地裁に向かう原告と弁護団等(2月21日 霞が関) 土田元哉弁護士は左から2番目
星野文昭さんの国賠弁護団に加わって頂いた新進気鋭の土田元哉弁護士に、弁護団参加への熱い思いなど書いて頂きました。


 はじめまして。弁護士の土田元哉と申します。この度、星野さんの国家賠償請求訴訟の弁護団に参加させていただきましたので、改めて読者の皆様にご挨拶を申し上げます。弁護士1年目(昨年12月に司法修習を終えたばかり)の身ですが、星野さんの再審請求に携わられてきた和久田修先生の事務所に縁あって入所しまして、先生のお誘いを受けて弁護団の末席に参加しました。
 私は星野文昭さんに直接お会いしたことはありませんし、当然、星野さんが学生として過ごされた時代を体験したこともありません。ただ、私は、いわゆる「3・11世代」(東日本大震災のときに中学3年生でした)であり、学生時代を通して、原発、ヘイトスピーチ、沖縄、安保、憲法問題など、2010年代に続々と問題となった課題に関心を持ってまいりました。この過程で、星野さんによる再審請求の存在は耳にしたことがありました。
 今年に入って星野さんの国賠訴訟の弁護団会議を見学し、改めて今回の事件の重大さに気付かされました。星野さんを含む「受刑者」の方が置かれていた収容環境は劣悪というほかなく、いかに受刑者の権利がないがしろにされているか、思い知ることとなりました。そして何より、星野さんが巨大な肝臓がんを患っていながら、長期にわたりこれが発見されず、その上、結果として手術が奏功せず星野さんが死に至らしめられたのか、理解できませんでした。ご自身の冤罪を訴えていた星野さんとご家族にとって、星野さんの獄死という結末ほど無念なことはないと思います。今回の国賠訴訟は、星野さんが獄中で耐え忍んでいた苦しみを踏まえ、真実を明らかとしていくものだと考え、弁護団に参加させていただきました。

 
信念や生き方は法規範を超えて
 社会問題や人権問題にかかわる人々や法律家の活動をひとつの闘いとして捉えたとき、語弊を恐れずに言えば、弁護士は野戦病院のような役割を担っているのではないかと思います。例えば、不当に逮捕・勾留された人を身体拘束から速やかに解放する、解雇等の不利益を強制された労働者の法的地位を民事裁判で確認させる、あるいは、国策によって人々の基本的権利が脅かされたとき、憲法や法律をよりどころとして、人々の側に立って権利を擁護するといった弁護士の活動は、先に述べた役割に言い換えられるのではないかと考えています。私自身も、そのような役割を果たしていきたいと考えています。
 他方で、弁護士として法を援用する職責にあるからといって、現在の法規範や、法秩序の枠組みによって、人々の信念や生き方、ひいては現場での様々な活動のあり方が規定されることになってはならないという問題意識に直面しているところです。勉強不足ですが、少なくとも、歴史的に見れば、近代憲法で保障される市民的自由でさえ、かつての民衆による超実定的な(法を超越した)直接行動によってようやく確保されたものと評価できるでしょうし、それだけに、ある時点での法規範を超越した行動が、新たな規範や倫理の礎となっていくという考えは、現代でも妥当するのではないかと思います。せんえつですが、星野さんが学生時代を過ごされた、いわゆる「70年安保」がその後社会に与えた巨大な影響にも鑑みると、そのように考えさせられています。
 とても抽象的な言い方になってしまいましたが、星野国賠に関わる身として、星野さんが生き抜かれた時代、その誇りとしてきた活動に学ぶことを心がけていきたいと思います。
 最後になりましたが、ご家族や支援の方、弁護団の先輩方、全国の代理人の弁護士とともに、国賠訴訟をたたかっていきたいと思います。弁護士としてまだまだ未熟ですが、少しでもお役に立てるよう励んでいく所存ですので、何卒よろしくお願いします。


星野新聞第96号 掲載