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須賀武敏さんの検査と治療を
横浜刑務所に284通の申入書
迎賓館・横田裁判の完全無罪をかちとる会 内藤雄二
申入書(PDF)ダウンロード

 迎賓館・横田爆取でっちあげ裁判で懲役11年の不当判決を受け、2018年2月から横浜刑務所で獄中闘争を闘っている須賀武敏さんが、刑務所当局による医療拒否への怒りを訴えています。
 須賀さんは、7月16日に「水の不正使用」(ハンカチと眼鏡拭きを時間外に洗濯した)を口実にし、懲罰にするか否かの「調査」と称して転房させられ、工場への出役を禁止・房内作業を強制されました。
 移動させられた房は風通しがきわめて悪く、室内温度は尋常ではありません。須賀さんはめまい、立ちくらみ、食欲不振、吐き気、立って歩くとフラフラするなど、明らかに熱中症を疑う状態になりました。医務へ必死に訴えたにもかかわらず、当局は無視。その後、房内で作業中に強いめまいと吐き気が生じて倒れ、筋肉がけいれんして動けなくなることも起きました。医務当局は「まだ意識があるので問題ない」として、横になることだけは認めるが、めまいや筋肉のけいれんが治まったら直ちに作業に復帰するようにと命じました。
 7日、懲罰が確定。刑務作業の報奨金500円の没収と無事故表彰のバッジの剥奪がなされました。その上で、元の居房への復帰と、工場への出役が再開されました。心配していた軽屏禁などの懲罰房への転房はなく、熱中症による命の危険だけは避けることができました。しかし、この間の酷暑のただ中での当局の一連の処置は、須賀さんへの虐待以外のなにものでもありません。
 須賀さんは、こうした熱中症状だけでなく、転房させられた翌17日には、横浜刑務所移監後2度目となる胸痛発作が生じ、その場はニトロの服用で治まりましたが、いまだ胸の圧迫痛は頻繁に起きています。この症状は、カテーテル治療した冠動脈の再狭窄だと思われ、このまま放置すれば、急性心筋梗塞を生じ、命の危険性があります。専門医の診察と検査が絶対に必要です。
 また、7月25日には大量の下血により下着が血に染まるという事態も起きていますが、医務当局は精密検査の要求も専門医による診察も拒否し続けています。
 8月2日、再審弁護団が「直ちに専門医の診察と検査を実施せよ」という「申入書」を横浜刑務所長と法務省矯正局などに提出しました。9日に「完全無罪をかちとる会」が刑務所当局に「申入書」を提出しました。15日、全国の星野救援会から送られた284通の「申入書」を横浜刑務所当局に提出しました。
 こうした闘いで、医務当局が須賀さんに、循環器専門医の診察をする旨知らせてきました。また、医務官の態度が変わり、乱暴な言い方をしなくなったとのことです。皆さんに心から感謝申します。
 これからもどしどし「申入書」をお送りください。須賀さんに必要な診察と検査を横浜刑務所に行わせ、須賀さんの命と健康を守り抜いていきましょう。


須賀武敏さん
 1986年5月4日、東京サミットの会場である迎賓館に、直前の4月15日には米軍横田基地へ飛翔弾が打ち込まれました。
 日本の中曽根康弘、米国レーガン、英国サッチャーら、労働者への攻撃を強め、新自由主義を推進する帝国主義者に対する労働者人民の怒りの爆発でした。
 大打撃うけた国家権力は、「なにがなんでも犯人を逮捕しろ」と呼号し、でっち上げ大弾圧に乗り出しました。翌87年に別件で東京拘置所に勾留されていた須賀武敏さん、十亀弘史さん、板垣宏さんら3人が、全く関与していないにもかかわらず逮捕・起訴され、福嶋昌男さんが指名手配されました。
 須賀さんら3人は、未決勾留16年という革命家抹殺攻撃と不屈に闘い、一審無罪判決をかちとりました。
 その後、無罪判決は逆転され、須賀さんに実刑11年十亀さん・板垣さんに8年の判決が確定しました。現在再審請求に向けて準備中です。3人の下獄闘争を支援し、絶対に取り戻そう。

星野新聞第84号 掲載