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大坂正明さん裁判勝利へ シリーズ④
面識ない大坂さんをなぜ

連載開始にあたって
 1971年11月14日、星野文昭さんと共に渋谷闘争を闘った大坂正明さんの裁判が、来年にも行われる見込みとなっています。星野さんと大坂さんの裁判における証拠構造はまったく同じであり、大坂裁判において無罪をかちとることは星野さんの再審開始・無罪に直結します。このような観点から大坂正明さんの闘いと裁判について、5回にわたり連載します。
大坂正明さんの無実と裁判員裁判除外を訴え、星野救援会の仲間も駆けつけ街頭宣伝(10月24日 東京霞が関)
 面識ない大坂さんをなぜ
 「大坂正明さんが警察官を殴っているのを見た」というでっち上げ供述調書を取られたのは、Bさん(高経大、当時18歳)。C さん(群馬高専、同17歳)。Dさん(高経大、同20歳)。Eさん(高経大、同20歳)の4人でした。
 Fさん(高経大、同21歳)の供述調書も大坂さん有罪の証拠とされていますが、殴打を目撃したとは供述されていません。
 群馬の学生たちに千葉で活動している大坂さんとの面識はありません。ヘルメット・覆面姿の「知らない人」をどうして写真面割で特定できるのか。実に不思議なことです。
 警察はこの難問を「解決」するために、二つの物語をでっち上げました。一つは事件前の11月12日、デモの準備をするためにB、C、D、Eさんが新宿にある工学院大学に旗竿を作りに行った。この時に「見た」人という作り話です。
 もう一つはEさんFさんの二人が闘争翌日の15日に法政大学で行われたという「総括集会」に参加した時、「代々木八幡軍(星野さんをリーダーとする、代々木八幡駅から渋谷を目指したデモ隊)の代表として、大坂さんが『機動隊をせん滅した』と演説した」ことでわかった、というものです。
 大坂さんは事実として工学院大学に行っていません。その場にいない人を「見る」ことはできません。だから4人の調書も、会話や共同作業といった具体的契機は何もなく、ただ「そこにいただけ」の大勢の中の一人としてしか供述できないのです。
 そして法政大学での「総括集会」で大坂さんが発言したという事実はなく、EさんとFさん以外に「大坂さんの演説」を供述している人はいません。
 大坂さんが機動隊員を殴打したとする供述は、強いられたものであり、明白なでっち上げです。
 星野控訴審でDさんが「検事さんがいろいろしゃべってこれもいただろうあれもいただろうということで、・・・・知らないと言うならお前に殺人罪をつけるというようなことで仕方なく言ったことです」と証言しているように、警察の作った筋書き通りに強引な取調べでウソの供述をさせられたものなのです。
 B、C、D、E、F、5人のでっち上げられた供述調書は、星野さん有罪の証拠にもされています。他に、星野さんの裁判ではAの供述も有罪の根拠にされていますが、大坂さんについての殴打現場での供述がないので、証拠請求すらされていません。


星野新聞第88号 掲載