TOPページへ! 

平成21年(お)第10号

補充書(2)

2011年1月31日

東京高等裁判所第11刑事部 御中

              再 審 請 求 人   星  野  文  昭

              弁   護   人   鈴  木  達  夫

              同           和  久  田  修

              同(主任)       岩   井    信

目 次
第1 主張の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3
1 本書面の位置づけ
2 本再審請求の概要
3 再審開始決定を〜脆弱な確定判決と新証拠
第2 新証拠(一郎丸写真)の出現・・・・・・・・・・・・・・7
1 新証拠の出現
2 一郎丸写真について
3 被写体が再審請求人であること
4 鉄パイプには殴打の痕跡がないこと
5 まとめ〜再審請求人の無罪を示す直接証拠
第3 実験結果に照らせば、Kr供述に信用性は認められない・・13
1 はじめに
2 シミュレーション実験
3 実験結果に基づくKr供述の分析〜明らかに異常な供述内容
4 結語
第4 耳撃記憶の心理学的研究に照らせば、Ao供述及びAr供述に信
用性は認められない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30
1 確定判決の証拠構造〜AoとArの、声による同一性識別が信用できることに依拠している
2 声による同一性識別の心理学的研究
3 「供述人の声の識別に関する正確さについて」に基づくAo供述、Ar供述の分析
4 結語
第5 結語・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・37
付録 デモの行程第1 主張の概要

1 本書面の位置づけ

本書面は、今回、検察官から新たに開示された証拠の中に、再審請求人が殴打をしていないことを端的に示す写真があったことが発見されて、新証拠として提出するものである。請求人は無実である。
 さらに、2010年9月30日付け補充書(1)に続いて、確定判決を支える犯人識別供述−特にKr、Ao、Arの各供述には誤りがあることを、新証拠である厳島行雄日本大学文理学部教授の鑑定書その2等に基づき、さらに論じる。

2 本再審請求の概要

 本件は、確定判決の犯人識別供述の信用性が争われているところ、第1次再審請求において、最高裁判所は「本件当日の再審請求人の服装が薄青色の上着であった可能性が高く、この点に関するKr供述には誤りがあったと認められる」と判示した。確定判決の証拠構造上、有罪証拠の核心である共犯者Kr(以下「Kr」という。)の供述の一部の信用性を、最高裁は否定したのである(最三小2008年7月14日決定。「最高裁刑事破棄判決等の実情(下)」判時2058号18頁以下で紹介されている。)。
 本再審請求(第2次再審請求)は、こうした第1次再審請求の成果の上に立って、さらに新証拠を提出して、再審開始決定を求めるものである。
 本件が、典型的なえん罪事件の証拠構造になっていることは繰り返し指摘した。再審請求人が「犯人」として殴打し、火炎びん投てきの指示をしたという証拠は、「共犯者」とされた者の供述だけであって、第三者による目撃証言や、再審請求人による殴打や投てき指示の物的証拠はない。
 そして、殴打事件についての唯一の直接証拠というべきKr供述において、同人は、再審請求人を「殴打者」と識別した根拠は、きつね色の服を着ていたという服の色にある。そして、Krが供述したきつね色の服を着ていたという「殴打者」は、再審請求人とは別に実在した(弁4、9〜16、21〜25)。
 これは、事件直後の第三者による目撃供述により明らかであったが(阿部、福島の各供述)、既に提出済みの新証拠により決定的に明らかとなった。きつね色の服を着た人物がデモ隊の先頭にいたことが、新証拠として提出する本件現場のデモ隊の撮影写真に写っていたのである(新証拠:弁12〜14号証【写真】)。
 しかも、第三者の目撃供述では、きつね色の服の男は「反戦」と書かれたヘルメットを被っていたと目撃されているが(阿部供述)、まさに新証拠の写真には、きつね色の服の男で「反戦」と書かれたヘルメットを被っている男が撮影されているのである(新証拠:弁13、14号証)。
 今回、検察官が開示した証拠の中に、再審請求人の無実を示す決定的写真があった。犯行現場を通り過ぎた後に警察官に撮影されていた写真に、再審請求人が撮影されていたが、再審請求人の被っていたヘルメットには「中(核)」の文字が印字されており、阿部証人が目撃した「反戦」ではなかったのである。
そして、再審請求人が手に所持していた鉄パイプには殴打の痕跡が何もなかったのである。

3 再審開始決定を―脆弱な確定判決と新証拠

冒頭でも述べたとおり、第1次再審請求において最高裁は、殴打行為認定の核心証拠であるKr供述の一部が信用できないことを認めた。
また、火炎びん投てき指示認定の核心証拠であるAo、Arの各供述のうち、再審請求人の殴打場面を見たとの供述部分については、確定判決も信用できないことを以下の通り認めている。

「同人(Ao及びAr)らは、同被告人(請求人)の中村巡査に対する殴打の状況を現認しなかったか、あるいは現認したとするには疑いがあるものと言うべきである。すなわち、Aoは、2・25(検)において、『米屋の前で、星野、奥深山さん達が中村巡査を私と同じような鉄パイプでめった打ちしていた(中略)五、六名でとり囲み殴りつけてい』たと供述しているが、それに先立つ2・16(検)においては、本件殺害現場での同被告人の言動について、『殺せ、殺せ、殴れ、やれ。』『銃を奪え。』『火をつけろ。』等の命令が同被告人の声ないしは同被告人のような声であったとし、また同被告人も火炎びんを投げたと思う旨供述しながら、その殴打自体については、何ら触れるところはなく、単に七、八名の者が中村巡査を取り囲んで殴打していたが、その中で奥深山や大坂が殴打しているのを見た、とするに過ぎない。右両供述を対比してみると、後者が同被告人の言動を詳細に供述しているにもかかわらず、その殴打については何ら触れていないことからすれば、同巡査を殴打している五、六名の中に同被告人がいた旨の前者の供述は、前示のように同巡査を引張り出している者らの中に同被告人がいたことを根拠とする、同人の推測の結集の表明とも解する余地があり、現に、同人が同被告人の殴打の状況を目撃したと言い得るかについては、躊躇せざるを得ない。」(確定判決217頁)

「また、Arは、捜査段階において、同被告人の本件現場における言動について詳細に供述しているものの、その殴打の状況については、これを供述していないことからすれば、同人は右殴打自体を目撃しなかったと解するのが相当である。」(確定判決219頁)


 確定判決がいかに脆弱な証拠構造に立脚しているかは明らかである。そして、本件審理においては、徳島事件における再審開始決定が、「一口に有罪の確定判決という中にも、・・・いわば絶対的な確信ともいうべき段階のものから、合理的疑いをようやくにして越えたと評しうる段階に至ものまで、夫々相当の幅と質の違いというべきものが現実には存在することを認めないわけにはいかない」から、旧証拠の再評価を欠落させると、「弱い証拠構造に立脚した確定有罪判決が、逆に確定判決により、諸々の矛盾は十分に検討済みであるとの理由で再審により救済され得ることが一層困難になるという一見パラドキシカルな運用」を生ぜしめることになると判示していることが参考になる(徳島地決1980・12・13判時990号20頁)。
確定判決が十分検討しなかった第三者の目撃証言も含めて新旧証拠を総合評価した場合には、Krが目撃した中村巡査を殴打した「きつね色」の服を着た男は別に存在すること、その殴打した「きつね色」の服を着た男は再審請求人ではないことが合理的に認められ、新証拠によって、再審請求人を特定したとする核心証拠であるKr、Ao、Arの各供述には合理的な疑いが生じる。
そして、今回、再審請求人の犯行現場通過後の写真において、再審請求人の手の中の鉄パイプには殴打の痕跡がなかったことが決定的に明らかになった。
再審請求人は無実である。
本件新証拠と旧証拠とを総合的に検討すると、確定判決における事実認定につき合理的な疑いが生じているのであるから、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則を適用して、再審請求人に対してただちに再審開始決定がなされなければならない。


第2 新証拠(一郎丸写真)の出現

1 新証拠の出現

冒頭で述べたとおり、今回、検察官が開示した証拠の中に、再審請求人の無実を示す決定的写真があった。
犯行現場を通り過ぎた後に警察官に撮影されていた写真に、再審請求人が撮影されていたが、再審請求人の被っていたヘルメットには「中(核)」の文字が印字されており、阿部証人が目撃した「反戦」ではなかったのである。
そして、再審請求人が手に所持していた鉄パイプには殴打の痕跡が何もなかったのである。
これは再審請求人の無実を証明する新証拠である。

2 一郎丸写真について

(1)入手経緯―証拠開示
 弁護人は、2010年3月24日付証拠開示請求書において、同書面別紙1記載の写真およびネガフィルムの開示を請求した。
 これに対し、検察官は、同年8月11日、任意に証拠開示に応じた。
 その中に、一郎丸角治作成の写真撮影報告書(及び同添付写真)があった。これは、再審請求人の事件で証拠請求されていなかったが、別事件の証拠関係カードに写真撮影報告書(添付写真71枚)と記載され、証拠採用されていたものである。
 このうちの1枚に、右手に鉄パイプを握った再審請求人が斜め右後ろを振り向く姿が撮影されていたのである。

(2)撮影場所、撮影時間等
 写真撮影報告書によると、新証拠の写真は、「15:28」ころ撮影されていることになっている。しかし、この時刻は客観的に誤りである。
 写真撮影報告書にも記載のあるとおり、一郎丸角治はビルの屋上から東急本店の東南に当たる角付近の路上を撮影していた(別紙図面参照)。
再審請求人らのデモ隊はここを通過してから、「佐藤憲三撮影写真A22−1」で写っているバリケードの方向に進んでいる。したがって、「一郎丸写真」は「佐藤写真」よりも前に撮影されていることに間違いない。
 したがって、再審請求人が撮影されている写真を時系列的に並べると、小川鑑定人が整理したとおり、下記の通りになる。
鑑定資料@中村邦男撮影写真22−2(撮影場所:白洋舎前)
鑑定資料A中村邦男撮影写真22−4(撮影場所:神山派出所前)
鑑定資料B一郎丸角治撮影写真24−24(東急本店前東)
鑑定資料C佐藤憲三撮影写真A22−1(東急本店前南)
鑑定資料C佐藤憲三撮影写真A22−2(東急本店前南)
鑑定資料E横山征撮影写真3(東急本店前南)

3 被写体が再審請求人であること

 一郎丸写真の被写体が再審請求人であることは、新藤意見書および小川意見書から明らかである。
 すなわち、新藤意見書は、下記の通り、再審請求人との同一性を認めている。

(「一郎丸写真」bQ4−24の中央に写っている)人物の特徴は、正面に「中」という文字が書かれた白いヘルメットをかぶっていること、同ヘルメットの右側面には2行の文字が書かれていること(上の行は短く、下の行は長い)、右手に白い棒状の物を持っていること、黒縁メガネをかけていること、あごの下に白いものが見えること、センターベンツの背広を着ていること、右手に白手袋をしていることなどである。
「中村写真」bQ(ブロック塀の前方右から5番目の人物)、同bS(シャッター前で左足を延ばしている人物)、「佐藤写真」bP(ポールの右手前にいる人物)、同bQ(左から4番目の人物)、「横山写真」bR(左から5番目の人物)は、いずれも、証拠上、星野文昭さんと確定している。
 そこで検討すると、6枚の写真とも、白いヘルメットをかぶっていること、右手に白い棒状の物を持っていること、右手に白手袋をしていることが共通している。
「一郎丸写真」bQ4−24、「中村写真」bS、「佐藤写真」bQは、センターベンツの背広を着ていることが共通している。
「一郎丸写真」bQ4−24、「中村写真」bS、「佐藤写真」bQ、「横山写真」bRは、あごの下に白いものが見えることが共通している。これは、あごの下にさげた白マスクと考えられる。
「一郎丸写真」bQ4−24、「佐藤写真」bQは、黒縁メガネをかけていることが共通している。
 以上の結果から、「一郎丸写真」bQ4−24、「中村写真」bQ、同bS、「佐藤写真」bP、同bQ、「横山写真」bRに写っているのは、いずれも同一の人物、即ち星野文昭さんであると鑑定できる。

 また、小川意見書も、下記の通り指摘し、再審請求人との同一性を認める。

6枚の写真より星野文昭氏に該当する人物の抽出を行った。結果を写真1〜6に示す。特に写真2,3,5を選び,表2に個人識別表を示した。この結果より、一郎丸写真(写真3)を含め、いずれも星野文昭氏であると判断される。個人識別には、白ヘルと中核の文字、メガネ、白マスク、鉄パイプ、白い手袋、先のとがった靴、明るい背広、明るいズボンであることを確認した。さらに、ヘルメット寸法(ミドリ安全の規格値)と服の着丈(70cm)を参考に、鉄パイプの長さと外径、座高を求めた。座高は92cm±1cmで、鉄パイプの長さは42cm±1cm、その直径は20〜30mmの範囲であった。なお、一郎丸写真では、座高が91cmとなり、ほかの結果とほぼ一致している。ヘルメットについて、写真13に示すように、文字及び配列が同一である。各写真9項目以上に共通点があり、同一人物と認められる.

 以上のとおり、一郎丸写真の被写体が再審請求人であることは、明らかである。

4 鉄パイプには殴打の痕跡がないこと

 一郎丸写真は、犯行現場の通過後に撮影されたものであることは、別紙図面のとおり、位置関係から明らかである。
そして、新藤意見書および小川意見書がいずれも指摘するとおり、本件現場で異なる場所で撮影された再審請求人の写真には、いずれも再審請求人が鉄パイプと思われる棒状の物を握っているが、これらの長さはいずれも同じであり、同一性が認められる。すなわち、犯行現場通過前と通過後の再審請求人の握っていた鉄パイプは同一のものである。
 そして、Krは殴打場面について、次の通り供述している(Kr勤2・16付員面)。

「八、そのうちに殴っている人達の間にすき間が出来たのですが、この時機動隊員はフラフラで倒れかかっており、冠っていたヘルメットの防護面のどちらかの付け根がはずれており、両手(白い軍手をはめていた)で顔を覆うようにしていました。
この顔を覆っている手を、うすいクリーム色の背広の人が鉄パイプでしきりに殴りつけていました。この時、この様な服装の人は星野さんしか居ないので、顔は見ていませんがこの殴っていた人は星野さんだったと思います。」

仮に、再審請求人が、Krのいうとおり、「冠っていたヘルメットの防護面のどちらかの付け根がはずれ」るほど激しく殴打していたのであれば、その鉄パイプには痕跡があってもいいところ、痕跡は何もない。
被写体である再審請求人が握っている棒状の物は「純白」で、血痕等により汚れた痕跡はなく、また、紙が破れたり、乱れたりしている状況はまったく認められず、さらに真っ直ぐで、曲がりも認められないのである。およそ殴打行為に使用した鉄パイプではない。
 この点、新藤意見書は、以下の通り、述べている。

「一郎丸写真」bQ4−24に写っている星野文昭さんは、右手に白い棒状の物を持っており、当日の状況から、鉄パイプであると考えられる。
鉄パイプに白い紙を巻いたとされているが、鑑定資料を拡大しても、紙であると特定することまではできない。
    棒状の物は純白で、血痕等により汚れた痕跡はない。
    また、紙が破れたり、乱れている状況はまったく認められない。
    さらに鉄パイプは真っ直ぐで、曲がりも認められない。
以上の結果、星野文昭さんが「中村巡査を激しく殴打した」とされる痕跡は、いっさいない。

 また、小川意見書も、以下の通り、述べている。

(2)鉄パイプについて形状を比較した。結果を写真7〜11に示す。拡大画像とシルエットで比較すると、手元の形態と先端のふくらみが角張っているものと丸みがあるものとで酷似していることから、推定寸法も含め、同一のものであると判断される。
(3)時系列による形状変化及び表面変化は認められなかった。特に最終段階の一郎丸写真に写る鉄パイプには汚れすらなく,使用された形跡が全く認められない。

 すなわち、いずれの意見書も、一郎丸写真に撮影された鉄パイプには汚れすらなく、使用された形跡が全く認められないと結論づけているのである。

5 まとめ―再審請求人の無罪を示す直接証拠

 以上のとおり、犯行現場を通り過ぎた後に警察官に撮影されていた写真に、再審請求人が撮影されていたが、再審請求人の被っていたヘルメットには「中核」の文字が印字されており、阿部証人が目撃した「反戦」ではなかった。そして、再審請求人が手に所持していた鉄パイプには殴打の痕跡が何もなかった。
 これらは、再審請求人の無罪を示す直接証拠である。


第3 実験結果に照らせば、Kr供述に信用性は認められない

1 はじめに

(1)確定判決の証拠構造
再審請求書第1章「第4 確定判決の証拠構造」で指摘したとおり、確定判決は、再審請求人と中村巡査に対する殴打行為との結びつきの認定について、Krの2.14検面及び4.26検面における供述を核心証拠としており、これらの供述の信用性に合理的な疑いが生じれば、確定判決は根底から覆される。

(2)目撃状況や供述に至る経緯の問題点
Kr供述は、引っ張り込みの危険が高い共犯者供述であり、かつ、捜査官からの誘導、強要に屈しやすい少年の供述である。再審請求書第6章「第5 Krの公判証言に現れた捜査段階供述の問題性」で指摘したKrの供述経緯を見れば、捜査官からの誘導、強要が存在したことは、疑う余地がまったくない。

(3)小括
したがって、既に指摘した多くの問題点をふまえても、なお、十分に信用できるほどに高度の合理的な供述内容でない限り、Kr供述の信用性は否定しなければならず、確定判決の事実認定には合理的な疑いが存在すると言わなければならない。

(4)Krには様々な記憶の阻害要因があった
補充書(1)「第3 Kr供述は記憶を反映していない」で明らかにしたとおり、Krには、出来事の符号化(知覚)、貯蔵(保持)、検索の各段階について、様々な記憶の阻害要因が存在していた。
すなわち、Krの目撃状況や供述に至るまでの経緯に照らせば、Kr供述は、Krの記憶を正確に反映したものと評価できるものではなく、Kr供述には高度の信用性を認めることはできなかった。

(5)Krの供述内容の心理学的分析
本項では、Krの目撃状況に近似する状況で行ったシミュレーション実験の実験結果に照らして、Krの供述内容を心理学的に分析し、Krの記憶に基づく供述であるといえるか否かを検討する。
前記のとおり、Krには、符号化(知覚)、貯蔵(保持)、検索の各段階について様々な記憶の阻害要因がある以上、Krの供述内容が心理学的メカニズムに照らして十分に合理的と言えない限り、Kr供述がKrの記憶に基づく供述であると評価することはできず、Kr供述に高度の信用性を認めることは不可能である。

2 シミュレーション実験

(1)実験の概要
本実験は、Krの供述内容が、同人の記憶を正確に反映したものといえるか否かを実証的に検証することを目的として、Kr供述における目撃当時の状況に近似する状況を設定して、実験参加者が殴打に関する諸特性をどのように記憶し、出来事から約2ヶ月後にどのように供述したかを調査したものである。
なお、実験結果のKr供述に対する適用を担保するために、実験は、本件現場における目撃状況よりも、正確な記憶が形成されるように条件設定を行って実施した。

(2)実験の結果
ア 殴打行為の進行に関する記憶
実験結果によれば、殴打行為の手順・進行について、「できる限り詳細に説明してください。」と自由記述で説明を求められた際の実験参加者の回答は、大半が100字から200字程度で、もっとも詳細なものでも312字であった。その内容も、ほとんどは実験の概略を断片的に述べるに過ぎず、出来事の経過をすべての場面にわたって説明できた者はほとんどいなかった。また、出来事のときの周囲の状況を詳細に描写して供述する者はほとんどおらず、出来事と直接関係のないことを供述した者はいなかった(鑑定書表2)。
すなわち、実験参加者は、殴打行為の手順・進行について、約100文字から300文字で表現する程度の概略を記憶しているに過ぎなかった。(鑑定書12頁)

イ 実験参加者が殴打行為に使用した道具に関する記憶
同じ班に属する他の実験参加者が殴打行為に際し、6種類の道具のうちどれを使用していたかについては、4班に分かれた実験参加者22人により、全部で89個の回答が可能であるところ、回答数は「?」が付いているものや複数の実験参加者について同じ道具をあげたものを含めても42個であった。正答したのはわずか7個で、他の道具と比較して特異な道具であるバットに限られていた(鑑定書表2)。
すなわち、実験参加者は、他の実験参加者が殴打行為に使用した道具について、どのような種類の道具があったか、各実験参加者がどの道具を使用したかほとんど正確に記憶できず、正確に記憶できたのは特異な道具を使用していた場合だけであった(鑑定書13頁)。

ウ 実験参加者の殴打回数に関する記憶
同じ班に属する実験参加者の殴打回数については、他の実験参加者の殴打回数を正答できた者はいなかった。自分自身の殴打回数を的中できた者も一人もおらず、「3〜4」のように幅を持たせた回答に、自身の殴打回数が含まれた回答が21名中2名いただけであった(鑑定書表2)。
すなわち、実験参加者は、自分自身の殴打回数も、周囲の者の殴打回数も記憶していなかった。(鑑定書13頁)。

エ 他の実験参加者との位置関係に関する記憶
本実験では、実験参加者の配置は固定されていたが、殴打行為時における同じ班に属する他の実験参加者との位置関係について、正答できた者は21名中1名しかいなかった(鑑定書表2)。
すなわち、実験参加者は、他の実験参加者の位置関係について、ほとんど正確に記憶していなかった(鑑定書13頁)。

オ 実験結果のまとめ
実験では、本件現場における目撃状況よりも、正確な記憶を形成しやすい目撃状況に条件設定がなされており、かつ、出来事から記憶の想起に至る期間も約2ヶ月であり、Kr供述よりも短く、より想起は容易だったはずである。
にもかかわらず、実験参加者は、殴打行為の手順・進行について、約100文字から300文字で表現する程度の概略を記憶しているに過ぎなかった。
実験参加者は、殴打行為の回数に関してほとんど記憶しておらず、他の実験参加者が殴打行為に使用した道具や、他の実験参加者との位置関係に関しても、正確に記憶していた者は、ほとんどいなかった。

3 実験結果に基づくKr供述の分析〜明らかに異常な供述内容
以上のような実験結果に基づき、Krの2.14検面及び4.26検面における供述内容を心理学的に分析し、その供述内容がKrの記憶に基づくものといえるか否かを検討する。

(1)2.14検面
ア 殴打行為の手順・進行に関する供述
実験結果によれば、実験参加者は、出来事の進行に関してできる限り詳細に説明するよう求められても、約100文字から300文字で表現する程度の概略を供述することしかできなかった。
しかるに、Krは、2.14検面において、中村巡査を見てから、中村巡査が炎に包まれるまでの出来事を、約2600文字にわたって詳細に供述している。以下は当該部分の引用である(「………」は省略部分)。

「………その時前方二、三〇メートル位の所に部隊の四、五名の者が左側の米屋のシャッターに一人の機動隊員を押しつけて殴りつけているのを見たのです。………白い服を着た人他五、六人の近所の人らしい人達が立っているのを見ました。………私の左横を三人位が追い抜きました。………機動隊員が四、五人からはげしく殴られていました………続いて私を追い抜いたE、F、Gの三人が機動隊員に一斉に飛びかかり竹竿や鉄パイプで殴り始めたのであります。………この時他の六人位はもう充分と思ったのか殴るのをやめていましたがこの男だけは竹竿をふるって一人で最後まで気違いのように殴りつけており竹竿はササラのようにばらばらになって異様な光景でした。機動隊員は白手袋の両手を持ち上げて顔をおおうようなかっこうをしたり両手をだらんとさげたりしていました。これに対し竹竿の男は首筋のあたりを左右から何回も殴りつけており時々A、Bが顔をおおう為に上げた機動隊員の両手の肘のあたりを鉄パイプかバールの手をのばして殴りつけていました。………機動隊員は一、二歩前に歩み出たと思った瞬間両手を上げて顔をおおうような形をしながら頭を道路側の斜め東急本店寄りにして右肩を下にしてくずれ落ちるようにバッタリ倒れたのであります。………この時後続部隊の数名が神山交番方向から到着したようでした。………機動隊員が倒れた直後、銃をうばえという声がしました。確か星野の声だったと思います。その声で二、三名が機動隊員におおいかぶさるようになり、その中の一人が倒れている機動隊員の腰のあたりをさぐっていました。………機動隊員の頭の方でも何人かが何かやっている様子でした………私はそれからこの集団より先の方に部隊の別の集団がいるのではないか、その集団が機動隊と衝突してはいないかと思ってA、B、C、Dの背後を通って道路中央寄りから前方を見ましたが他に部隊の姿は見えませんでした。その時米屋の反対側の石段のある民家の前付近に数人の近所の人らしい人達がこの状況を見ているのを発見しました。次に、離れろ、火炎ビンを投げるぞという声がしました。………この時にはA、B、C、D、E、F、Gの他、数名がそこに来ておりましたので取り囲んでいた人数は一二、三名になっていました。………次の瞬間声のした方向から二、三本の火炎ビンが機動隊員に向って投げられたのです。火炎ビンの投げられた方向を見ると、Arと奥深山の姿が見えました。………その時星野が、よし、もういい。道案内、道案内と叫び、これに応じて道案内の男Aが道路左端から飛び出して来て横断歩道の上あたりで星野の方を向き、それから星野と道案内は東急本店方向に走り出したのです。………さらに数本の火炎ビンが機動隊員に投げられ機動隊員は炎に包まれたのです。………」。

以上のとおり、Krは、2.14検面において、

@四、五名の者が機動隊員を殴りつけているのを見た
A三人が機動隊員に一斉に飛びかかり殴り始めた
B他の六人位は殴るのをやめたが一人は最後まで殴りつけていた
C機動隊員は頭を道路側の斜め東急本店寄りにして右肩を下にして倒れた
Dこの時後続部隊の数名が神山交番方向から到着した
E銃をうばえという声がした
F道路中央寄りから前方を見たが他に部隊の姿は見えなかった
G火炎ビンを投げるぞという声がした
H星野が「よし、もういい。道案内、道案内」と叫び東急本店方向に走り出した
Iさらに数本の火炎ビンが機動隊員に投げられた

というように、中村巡査に対する殴打行為の進行について、非常に複雑な経過を詳細に供述している。補充書(1)第3「1 Krの2.14検面における供述」において指摘したような、正確な記憶とその貯蔵、検索を困難にする様々な諸要因があったにもかかわらずである。
 しかも、Krは、様々な凶器と喧噪が飛び交い、自らの身体にも危険が生じる中で目撃した1分足らずの短時間の出来事について、3ヶ月以上経過した時点であるにもかかわらず、加害者や被害者の様子を写実的に詳細に供述し、さらには、殴打行為にまったく無関係で、ほとんど関心の対象にならないはずの近所の人の様子についても供述しているのである。
 実験結果に照らせば、本件の目撃者が、出来事の進行について、このような非常に複雑な経緯を詳細に供述することはおよそ考えられず、周囲の様子を出来事に無関係な事柄も含めて、写実的に供述するなど到底考えられない。
 Krの2.14検面における供述は、異常なほどに複雑かつ詳細、写実的に過ぎ、Krの記憶に基づいてなされたものと評価する余地はまったくない。

イ 殴打行為に使用した凶器に関する供述
実験結果によれば、他の実験参加者が殴打行為に使用した道具に関して正確に記憶していた者は、ほとんどいなかった。
Krは、2.14検面において、

「奥深山は長さ一メートル位の竹竿を持っていました。Aoは長さ五、六〇センチ位の鉄パイプを持っていました。伊藤か外山かは竹竿のような物を持っていたと思います」
「Aの道案内の男は長さ三、四〇センチ位の黒いバール(一方の先端が曲がってクギを抜くのに使用し、他方の先端が薄くなっている物)をふり上げてはげしく機動隊員を殴りつけていました。Bの星野は長さ四、五〇センチ位の鉄パイプをふりかぶって同じように機動隊員を殴りつけていました。CとDはどちらか一方が長さ一メートル位の竹竿を持ち一方が何かは分らなかったが何かの武器を持っており二人ともA、Bと同じく機動隊員を殴りつけていました。」

などと供述しており、中村巡査に対して殴打行為を行った7人のそれぞれが、様々な種類の凶器を使用していたかを明確に供述している。他の実験参加者が使用していた道具に関してほとんど記憶がなく、注目される特異な道具だけに正答が限られていたという実験結果と比較すれば、Krの供述内容の異常性は明らかである。
さらに、Krは、2.14検面において、凶器のサイズや色まで供述しているが、2.09検面においては、

「全員が手に鉄パイプや竹竿を持っていました。鉄パイプは長さ五・六〇センチぐらいのもので、竹竿は長さ一メートルぐらいのものでした。」
「星野は短い鉄パイプ持っていました。道案内の男も短い鉄パイプのようなものを持っていました。Aoらしき男が何を持っていたかはっきりしません。」

などと供述していたのであって、凶器のサイズや色は供述していなかった。
このようにKrの供述が取調べの進行とともに詳細さを増している点を見ても、Krの2.14検面における供述内容が記憶に基づくものとは評価できないことは明らかである。
以上のとおり、Krの2.14検面における凶器に関する供述は、7人の殴打行為者それぞれが様々な種類の凶器を使用していたかを明確に供述している点で実験結果に照らして異常であるばかりか、取調べの進行とともに詳細さが増している点でも異常であり、取調官の示唆・誘導によるものと疑われるのであって、Krの記憶に基づいてなされたものと評価する余地はまったくない。

ウ 位置関係に関する供述
実験結果によれば、実験参加者は、他の実験参加者との位置関係について、ほとんど正確に記憶していなかった。
Krは、現場における再審請求人の位置関係について、2.14検面では、

「この三人に追い抜かれたころ前方約一〇メートル位の米屋のシャッターの所では、機動隊員が四、五人からはげしく殴られていました。略図でA、B、C、Dと記載したのが殴っていた男達で、 Aは、道案内の男 Bは、星野、Cは、不明 Dは、不明です。」
「10m位の所で、群馬の者、E、F、G位に抜かれる。E、奥深山さん・・・後姿で F、Aoさん ・・・後姿で、G、伊藤さんか外山さん」

と述べている。
ところが、Krは、2.09検面では、同じ場面での位置関係について、

「五人のうち機動隊員の正面にいたのが 星野、その右側にいたのが 道案内の男、星野の左側にいたのがはっきりはしませんが Aoによく似ていました。
そして最後まで竹竿で殴りつけていた男は 名前は知りませんが 一一月六日、法政大学における中核派総決起集会で各地区大学代表としてアジ演説をやった男に非常によく似ていました。」

と述べており、位置関係を供述した4人のうち再審請求人と道案内の男を除いた2名についても特定していた。
 すなわち、Krは、2.09検面から2.14検面までの5日間で、殴打行為の現場における再審請求人の位置関係について、「機動隊員の正面にいた」から「取り囲んでいる4人のうち(機動隊員から見て)左端から2番目にいた」と変遷させ、現場にいたとして特定した4名のうちの2名を「不明」であると変遷させているのである。
 このことは、殴打行為に加わっていた者に関するKrの目撃証言がきわめて曖昧で、Krに確たる記憶がないことを示しており、それは、他の実験参加者との位置関係について、ほとんど正確に記憶できなかったという実験結果にも合致する。
 以上から、Krの2.14検面における殴打行為時の参加者の位置関係に関する供述は、Krが殴打行為に関して確たる記憶を有していないことを示すものであり、再審請求人が中村巡査を殴打したのを見た旨のKrの供述がまったく信用できないことを示すものである。

エ 小括
以上から、Krの2.14検面における供述内容には、@中村巡査に対する殴打行為の進行について、非常に複雑な供述を長々と行っている、Aよく似ていたなどと具体的な想起を伴って供述したり、無関係で関心の対象にならないはずの近所の人の衣服についてまで供述している、B7人の殴打行為者それぞれが、様々な種類の凶器を使用していたかを明確に供述している、といった実験結果と比較して異常な点が多々あり、心理学的に見て、Krの記憶に基づいてなされたものと評価することは不可能である。
 また、CKrの2.14検面における殴打行為時の参加者の位置関係に関する供述は、Krが殴打行為に関して確たる記憶を有していないことを示すものであり、再審請求人が中村巡査を殴打した旨のKrの供述がまったく信用できないことを示すものである。

(2)4.26検面
ア 殴打行為の手順・進行に関する供述
Krは、4.26検面においても、中村巡査を確認してから現場を立ち去るまでの出来事の手順・進行について、「その状況はこれまで詳しく供述して来た通りです。」と前置きしているにもかかわらず、さらに約1300文字にわたって詳細に供述している。以下は当該部分の引用である(「………」は省略部分)。

「私が走り疲れて速度をゆるめ、竹竿を持ったまま左手でマスクをずらした時、………シャッターの前で四、五人の仲間が誰かを殴りつけており激しい殴る音がしておりさらに近づいてみると殴られていたのが機動隊員……… 私が到着した時、星野が鉄パイプ 道案内の男がバール 奥深山が竹竿 他一人か二人位が機動隊員のヘルメットの頭や肩のあたりを激しく殴りつけておりものすごい殴る音がしていました。星野が殴りながら 殺せ、殺せ、と叫んでいました。私はこの状況を見て殴っている仲間の左側に入り左手に持っていた竹竿を持ち変えそれまで竹竿の真中位を握っていたのを端のほうに握りなおして機動隊員の右脇腹あたりを片手殴りに四、五回位、強く力一杯殴りつけたのです。機動隊員は両手を顔のあたりに上げて頭や顔を守ろうとしていましたが星野と道案内の男が鉄パイプやバールで機動隊員のその手を殴りつけていました。私が竹竿で殴った直後Aoが鉄パイプ、もう一人の男が竹竿を持って機動隊員にとびかかり、 殺せ、殺せ、と叫びながら殴りつけました。その他金づちで殴りつけている者もおり竹竿で気違いのように殴りつけている者もおり殴っていたのは私を含めて全部で一二人位はいました。………竹竿を持った男がその竹竿がばらばらになる位最後まで殴っていましたが機動隊員はよろめくように路上に倒れたのです。……… 銃をうばえという声がして二、三名が倒れた機動隊員におおいかぶさるようにして一人が機動隊員の腰あたりを押さえて銃をさぐっていました………その時私のとなりにいた背の低い黒コートの男が私の持っていた火炎びんをよこせといった感じで取ったのです。その男は別の男にその火炎びんを渡していました。……… 離れろ、火炎びんを投げるぞという声がし機動隊員を取り巻いている仲間の左から二〜三番目位から最初の火炎びん一本が投げられ続いて二本位がその方向から投げられ、倒れた機動隊員は火炎びんの炎に包まれたのです。………火炎びんが投げられた時その投げた位置にArがいました。そして体格のいい男が火炎びん一本を投げたのを見たのです………星野が もういい 道案内、道案内、と叫びました。するとシャッターをすり抜けるようにして道案内の男が星野のところへ走り出て来ました。その時後方部隊が 殺せ、殺せと叫びながら燃えている機動隊員に数本の火炎びんを投げつけたのです。それから私は星野や道案内の男と共に東急本店方向に走って行ったのです。」

以上のとおり、Krは、中村巡査に対する殴打行為の進行について、

「私はこの状況を見て殴っている仲間の左側に入り左手に持っていた竹竿を持ち変えそれまで竹竿の真中位を握っていたのを端のほうに握りなおして機動隊員の右脇腹あたりを片手殴りに四、五回位、強く力一杯殴りつけたのです。」

といったKr自身が中村巡査に対する殴打行為を行った点や、

「その時私のとなりにいた背の低い黒コートの男が私の持っていた火炎びんをよこせといった感じで取ったのです。その男は別の男にその火炎びんを渡していました。」

といった2.14検面にはなかった事実経過をつけ加えて、さらに供述を複雑化させている。
しかも、Krは、2.14検面からさらに時間が経過し、出来事に関する記憶の忘却が進んでいるはずなのに、自分自身の行動や、周囲の共犯者、被害者の様子の描写は、さらに深まっている。
 例えば、Krは、2.14検面では、3人が殴打に加わったシーンについて、

「続いて私を追い抜いたE、F、Gの三人が機動隊員に一斉に飛びかかり竹竿や鉄パイプで殴り始めたのであります。」

と述べるだけであったが、4.26検面では、

「私が竹竿で殴った直後Aoが鉄パイプ、もう一人の男が竹竿を持って機動隊員にとびかかり、 殺せ、殺せ、と叫びながら殴りつけました。」

と、殴りかかった順番や、そのときに仲間が発した言葉を交えて、供述の詳細さは、より高まっている。
 実験参加者が、出来事から約2ヶ月経過した時点で、出来事の進行に関して断片的な概略を供述することしかできなかったという実験結果を考慮すれば、出来事から3ヶ月以上経過して作成された2.14検面から、さらに2ヶ月以上が経過した4.26検面において、目撃者が、新たな事実経過を付け加えたり、周囲の様子をさらに詳細に想起して供述することは、ありえないことである。
 Krの4.26検面における供述は、2.14検面からさらに詳細さが増している点で明らかに異常であり、Krの記憶に基づいてなされたものと評価する余地はまったくない。

イ 殴打行為に使用した凶器に関する供述
Krは、中村巡査に対する殴打行為の参加者が使用した凶器について、4.26検面でも

「星野は四〇センチ位の短い鉄パイプ一本と火炎びん一本を手にしていました。」
「私が到着した時、星野が鉄パイプ 道案内の男がバール 奥深山が竹竿 他一人か二人位が機動隊員のヘルメットの頭や肩のあたりを激しく殴りつけておりものすごい殴る音がしていました。」
「私はこの状況を見て殴っている仲間の左側に入り左手に持っていた竹竿を持ち変えそれまで竹竿の真中位を握っていたのを端のほうに握りなおして機動隊員の右脇腹あたりを片手殴りに四、五回位、強く力一杯殴りつけたのです。」
「私が竹竿で殴った直後Aoが鉄パイプ、もう一人の男が竹竿を持って機動隊員にとびかかり、殺せ、殺せ、と叫びながら殴りつけました。その他金づちで殴りつけている者もおり竹竿で気違いのように殴りつけている者もおり殴っていたのは私を含めて全部で一二人位はいました。」

などと供述しており、中村巡査に対する殴打行為に参加した者たちが使用していた様々な種類の凶器を明確に供述している。
 しかも、2.14検面では供述されていない「金づち」について、新たに供述を行っている。
 他の実験参加者が使用していた道具に関してほとんど記憶がなく、注目される特異な道具だけに正答が限られていたという実験結果に照らせば、各人の使用していた凶器を明確に述べ、新たな種類の凶器まで想起したというKrの供述内容は明らかに異常であり、Krの記憶に基づいてなされたものと評価する余地はまったくない。

ウ 殴打行為の回数に関する供述
Krは、4.26検面において、

「私は………機動隊員の右脇腹あたりを片手殴りに四、五回位、強く力一杯殴りつけたのです。」

などと、自己の殴打回数を「四、五回位」と供述している。
 しかし、はじめて中村巡査に対する殴打行為に加わった旨供述した2.16員面では、

「私はそれから道路の左側部分の道路に面した家のシャッターの前で行われていた一人の機動隊員を殴っている現場にかけつけ、そこで機動隊員を殴っていた四〜五人全員がバール様のものとか鉄パイプ竹竿でメチャメチャに機動隊員を殴っているのを見て、私も、 あっ機動隊員がいる、俺も一つ殴ってやれ と左手にしていた竹竿で機動隊員の脇腹を何回か横に振って殴りつけました。」

と、自己の殴打回数について、「何回か」と供述していた。
そもそも、実験結果によれば、自己の殴打回数について正答できた者はおらず、ほとんど記憶が形成されていなかった。このような実験結果に照らせば、自己の殴打回数を「何回か」と述べる2.16員面の供述のほうが、本来の記憶に基づくものと評価できる。
 にもかかわらず、Krは、4.26検面では、「四、五回位」と供述を改めた。このことは、Krが、4.26検面においては、本来の記憶以上の供述を行わざるを得なかったことを示しており、4.26検面の作成過程において、取調官の示唆、誘導があったことを示している。
 現に、Krは、公判廷(荒川第1審第21回公判)において、

「取調一貫しまして最初からオマエこうこうこういうふうにしてこういうことをやったろう。ほかの人間がこうこうこういうことを言っていると最初に聞かされるわけです。それが一つの先入観としてあったと思います。」

などと述べており、取調官の示唆があったことを明確に供述している。
 かくして、Krの4.26検面の作成過程には、取調官の示唆、誘導があったことは明らかであり、その供述内容をKrの記憶に基づいてなされたものと評価することは許されない。

エ 小括
以上から、Krの4.26検面における供述は、殴打行為から3ヶ月経過した後に供述された2.14検面からさらに2ヶ月後に供述されたものであるにもかかわらず、@殴打行為の手順・進行について、概略程度しか記憶できないにもかかわらず、新たな経過が加わるなどさらに詳細さを増していること、A着衣について、ほとんど記憶が形成されないにもかかわらず、新たな供述した人物の着衣まで供述していること、B凶器の種類についてもほとんど記憶が形成されないにもかかわらず、新たな種類の凶器をあげていることなど、実験結果に照らして異常な点が多々あり、心理学的に見て、Krの記憶に基づいてなされたものと評価することは不可能である。
 また、C殴打回数に関する供述の変遷を実験結果に照らして分析すると、取調官による示唆・誘導の存在が明らかであり、4.26検面におけるKrの供述は、まったく信用できない。

4 結語

以上述べてきたとおり、Krの2.14検面及び4.26検面における供述内容を実験結果に照らして検討すると、Krの供述内容は心理学的に見て異常な点が多々あり、Krの記憶に基づくものと評価することは不可能である。
 また、Krの供述内容と実験結果を比較すると、Krが取調官からの示唆・誘導を受けていること、Krが、中村巡査に対する殴打行為時の人物特定・位置関係に関して、確たる記憶を有していないことが明らかになる。
 したがって、Krの2.14検面及び4.26検面における供述内容は、心理学的メカニズムに照らして十分に合理的と言えず、Krの記憶に基づく供述とは評価できない。
 Kr供述に関し、目撃状況や供述の経緯に存する様々な問題点をふまえても、なお、十分に信用できるほどに高度の合理性を備えていると評価する余地は一切なく、その供述に依拠する確定判決の誤りは、明白である。

第4 耳撃記憶の心理学的研究に照らせば、Ao供述及びAr供述に信用性は認められない

1 確定判決の証拠構造〜AoとArの、声による同一性識別が信用できることに依拠している

確定判決は、「関係証拠によれば、火炎びんを投げろという声は、被告人星野のほか、奥深山からも発せられたこと………をそれぞれ認めることができる。」と述べ、再審請求人以外にも火炎びん投てきの指示をしたことを認定しながら、「Krが、火炎びん投てきの指示が誰の声か分からないとし、また、その声が同被告人のいた方向とは別の方向から聞えた」というKr供述は排斥し、「火を付けろ」という再審請求人の声を聞いた旨のAoの2.16検面と、「離れろ、火炎びんを投げろ」という再審請求人の声を聞いた旨のArの4.12検面を証拠として、再審請求人の火炎びん投てきの指示を認定している。
 この点、Aoの2.16検面においても、Arの4.12検面においても、再審請求人が火炎びん投てきの指示を発するところを見た旨の供述は行っていない。
 そこで、確定判決は、AoとArが火炎びん投てきの指示の発語を再審請求人の声であると識別したことに全面的に依拠していることになる。
 したがって、AoとArの、声による同一性識別の信用性に合理的な疑いが生じれば、再審請求人の火炎びん投てきの指示を認定した確定判決は、根底から覆されることになる。

2 声による同一性識別の心理学的研究

(1)声による同一性識別の信用性は一般的に高くない
しかるに、「発話者同一性識別と耳撃記憶」(弁17〜19)によれば、

「耳撃記憶の科学論文について評論してきたすべての論者が、声の同一性識別証拠を用いる場合、司法システムは極端なほどに注意を払わなくてはならないと最初から結論づけていることを知る必要がある。」

と述べ、声による同一性識別の信用性は、極度に慎重に検討されるべきとされている。
 そこで、確定判決が依拠する、AoとArの声による同一性識別の信用性は、極度に慎重に検討されなければならないのであって、特別に信用できる要因が見いだされない限り、これらの供述の信用性は否定されなければならない。

(2)声による同一性識別の信用性は目撃証言のそれには及ばない
また、同論文は、

「同一性識別の正確性は、声に基づく場合よりも顔に基づいた方が優れている………たとえば、YEARLY et al.(1994)の調査では、同じターゲット人物を提示した写真によるショーアップとラインナップでの正しい同一性識別率の平均は、それぞれ57%、46%であった。対して、写真に対応する人物の声のショーアップとラインナップでの正しい同一性識別率の平均は、それぞれ28%、9%であった。」

と述べており、声による同一性識別の信用性は目撃証言のそれには及ばないとの調査結果を明らかにしている。
 本件において、再審請求人が中村巡査を殴打したのを見た旨のKrの目撃証言が、様々な記憶の阻害要因があることなどからまったく信用できないことに照らせば、殴打行為に引き続いて行われた再審請求人の火炎びん投てきの指示に関するAo、Arの耳撃証言は、Krの目撃証言以上に信用性を欠くと言わなければならない。

(3)小括
したがって、Ao、Arによる声による同一性識別供述は、特別に信用できる要因がない限り、有罪判決の根拠たり得る信用性を認める余地はない。
しかるに、補充書(1)「第4 Ao供述は記憶を反映していない」及び「第5 Ar供述は記憶を反映していない」において指摘したとおり、Ao供述及びAr供述には、@火炎びん投てきの指示とほとんど同時に火炎びんが投げつけられたという短時間の耳撃、A「ワー、と言う大きな喚声」といった周囲の喧噪、B火炎びんや催涙弾などの凶器が飛び交うもとでの極度の緊張状態などといった符号化段階での阻害要因、C出来事から約3ヶ月ないし5ヶ月経過したことによる忘却、DAoが再審請求人を軍団のリーダーと認識していたことから生じる無意識的転移などといった貯蔵段階での阻害要因、E取調官からのフィードバックの影響(耳撃証言は、目撃証言以上に、事後に誤った情報を与えられることにより、記憶内容がゆがめられてしまう現象が生じやすい。弁17号証。)などの検索段階での阻害要因が存在し、供述の信用性を低くする要因は数多く指摘できるものの、供述の信用性を高める要因はまったく存在しない。
 それどころか、以下述べるとおり、Ao供述及びAr供述に関しては、耳撃証言の特有の、さらに多くの阻害要因を指摘することができる。
 したがって、再審請求人の火炎びん投てきの指示を聞いた旨のAo、Arの耳撃証言に有罪判決の根拠としての信用性は認める余地は一切ない。

3 「供述人の声の識別に関する正確さについて」に基づくAo供述、Ar供述の分析

(1)騒音や怒号が激しい中での耳撃
 Aoは、2.16検面において、

「私達が立ち止まった直後、星野さんは右手に持った長さ三〇センチ位の鉄パイプを頭上に振りあげそれを前後に二、三回振って 突っ込め と号令すると、私達仲間は ワーワー とときの声をあげながら全速力で機動隊のいる方向にかけ出しました。」
「抵抗もしない一人の機動隊員を奥深山さん達がメチャクチャに殴りつけており、鉄パイプがヘルメットに当るようなスコンガツンというような音や、シャッターにぶつかるようなガチャンガチャンという音がして激しく殴っていたので、」
「私がすっかり興奮してこのように殴りつけた直後、気付いたのですが、私達の後には仲間の部隊が近づいておりその数は二、三〇人で、二、三メートル位のところからワーと大きな喚声をあげながら私達のやることを見ておりました。なお私が最初に奥深山さん達が殴っているのを見た時から星野さんのような声で殺せ殺せ殴れやれという命令が出されており、これが私が殴り終わった後も言われ、仲間のワーという喚声と共に印象に残っています。」
「私は、前述のように仲間が銃を奪おうとした時、機動隊員がぐったりしており、頭がたれ下がっていたので、死んだな自分達が殴り殺したなと思い、一瞬いやな気持ちになりましたが、まわりからは仲間がワーと喚声をあげており」

などと述べ、現場周辺では、機動隊との衝突以降、ほとんど常に怒号や喚声、殴打音などの大きな騒音に包まれていた旨を供述している。
 また、Arも、4.12検面において、

「ガス弾を打つ音火炎ビンが破裂する音我々があげるワァーと言う喚声等が入りみだれ騒然となりました。」
「シャッターにぶつかるガチャン ガチャンと言う音や鉄パイプがヘルメットに当るボコン ボコンと言う音等が入り乱れて聞こえました。」
「この私の殴りつける前後と思いますが大阪さんが 殺せ!  殺せ! と異様な声をはり上げており、星野さんもそばで私達に 殺せ!  殺せ! とかすれ声で命令しておりました」

などと述べ、やはり現場周辺は、機動隊との衝突以降、怒号や喚声、殴打音などの大きな騒音に包まれていた旨を供述している。
 このような供述に照らしてみれば、本件現場は、機動隊との衝突以降、常に怒号・喚声や殴打音などの大きな騒音で包まれていたことは明らかである。
 研究によれば、騒音下での声の識別は問題が多く、元来識別が許されないケースと考えるべきであるとされている(鑑定書25頁)。
 周囲が怒号・喚声や殴打音などの大きな騒音で包まれている中で、特定の発語について、特定の人物によるものであると耳撃することは著しく困難であり、周囲の騒音がAo及びArの声による同一性識別を阻害したことは論を待たない。

(2)複数の人物が同じような言葉を発していた
確定判決は、「関係証拠によれば、火炎びんを投げろという声は、被告人星野のほか、奥深山からも発せられたこと………をそれぞれ認めることができる。」と述べて、火炎びん投てきの指示の発語が複数の人物からなされたと認定している。
また、Krは、

「私が竹竿で中村巡査を殴っている時には火炎ビンはまだ投げられていませんでしたが、殺せ 殺せ という星野達の叫び声がして火炎ビンが投げられた時には本当にこの機動隊員を殺すつもりだと思いました。」(2.16検面)、
「その時後方部隊が 殺せ、殺せ と叫びながら燃えている機動隊員に数本の火炎びんを投げつけたのです。」(4.26検面)

と述べ、中村巡査に対して火炎びんが投てきされた際に、中村巡査に対する攻撃を指示する複数の声がしたと述べている。
 研究によれば、複数の人物の声を聞いて、その後その人物達の声の識別を行うと、識別の対象となった人物の数が増加することによって声の識別は困難になる(鑑定書26頁)。
 中村巡査に対して火炎びんが投てきされた際には、複数の人物から火炎びん投てきの指示が発せられていたのであって、AoやArが声の同一性識別を行うことは困難であった。
 このように、火炎びん投てきの指示が複数の人物から発せられていたことも、AoやArの耳撃の阻害要因になったことは明らかである。

(3)声の偽装
Arは、4.12検面において、

「この後星野さんは、この整列した者の方を向き………過激なアジを一〇分位、少しかすれ声ですが大声ですると」

と、再審請求人がアジテーションを行った際は少しかすれ声で発語していたが、

「この私の殴りつける前後と思いますが大阪さんが 殺せ!  殺せ! と異様な声をはり上げており、星野さんもそばで私達に 殺せ!  殺せ! とかすれ声で命令しておりました。」

と、現場では、かすれ声で発語していたと述べ、少しかすれ声からかすれ声に声のトーンが変わったと述べている。
 このことは、Krが2.14検面において、

「この時Bすなわち星野が鉄パイプで機動隊員を殴りつけながら、 殺せ、殺せ とかすれたような異様な声で叫び続けていたのが印象的でした。」

と異様な声=それまでとは異なる声を出していたと述べていることにも符合する。
 したがって、再審請求人の声質は、再審請求人が事件直前にアジテーションを行ったときと、現場で発言を行ったときとでは違っており、AoやArが2.16検面及び4.12検面で聞いたと述べる火炎びん投てきの指示の発語は、再審請求人の通常の声とは異なる声質によるものであったことは明らかである。
 研究によれば、本来の声ではない声を識別するのは、極めて難しいことであり、声の偽装により、同一性識別を避けることが十分可能であることが明らかとなっている(鑑定書27頁)。
 AoやArが聞いたと供述する火炎びん投てきの指示の発語は、再審請求人の通常の声によるものではなかった。しかも、Aoは、再審請求人の声は事件当日はじめて聞いたものであり、Arも、再審請求人の声を聞く機会はほとんどなかったのであって、二人にとって、再審請求人の声は聞き慣れた声ではなかった。
 再審請求人の声を聞き慣れていないAoやArが、騒然とした現場で聞いた火炎びん投てきの指示の発語を、再審請求人の本来の声ではないにもかかわらず、再審請求人のものと識別するのは、著しく困難であったはずであり、耳撃の阻害要因になったことは明らかである。

4 結語

以上述べたとおり、Ao及びArの耳撃証言には、補充書(1)「第4 Ao供述は記憶を反映していない」及び「第5 Ar供述は記憶を反映していない」において指摘した各段階での記憶の阻害要因のほかに、声による同一性識別を阻害する多くの阻害要因が存在する。
すなわち、Ao及びArによる再審請求人による火炎びん投てきの指示を聞いた旨の供述の信用性を低くする要因は数多く存在する一方で、供述の信用性を肯定する要因はまったく存在しない。
したがって、再審請求人の火炎びん投てきの指示を聞いた旨のAo、Arの供述は、耳撃の状況、供述の経緯に存する様々な問題点をふまえても、なお、十分に信用できるほどに高度の合理性を備えていると評価する余地は一切なく、その供述に全面的に依拠する確定判決の誤りは、明白である。


第5 結語

以上のとおり、本件新証拠と旧証拠とを総合的に検討すると、確定判決における事実認定につき合理的な疑いが生じているのであるから、「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則を適用して、再審請求人に対してただちに再審開始決定がなされなければならない。
以上