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>平成21年(お)第10号

    補 充 書(1)
                                      2010年9月30日
東京高等裁判所第11刑事部 御中

       再 審 請 求 人   星  野  文  昭
       弁   護   人   鈴  木  達  夫
           同       和  久  田  修
           同(主任)   岩   井    信

 再審請求申立書を、以下の通り、補充する。
目 次
第1 確定判決の核心証拠の信用性  4
 1 確定判決の証拠構造  4
 2 捜査段階供述の問題性  4
 3 まとめ  6
第2 心理学的メカニズムからの供述分析―記憶の正確さに影響する要因  6
 1 記憶の心理学的研究  6
 2 目撃証言に影響する諸要因の区分と心理学的メカニズムの分析  7
 (1)記憶の機能的段階による整理 7
 (2)符号化段階に影響する要因 7
 (3)貯蔵段階に影響する要因 11
 (4)出来事の検索段階に影響する要因 12
第3 Kg供述は記憶を反映していない  13
 1 Kgの2.14検面における供述  13
 2 Kgの4.26検面における供述  21
 3 まとめ  28
第4 Ao供述は記憶を反映していない  28
 1 符号化段階での問題点  28
 2  貯蔵段階での問題点  31
 3 検索段階での問題点  32
 4 まとめ  33
第5 Ar供述は記憶を反映していない  33
 1 符号化段階での問題点  33
 2 貯蔵段階での問題点  34
 3 検索段階での問題点  35
 4 まとめ  38
第6 結論  39
第1 確定判決の核心証拠の信用性
1 確定判決の証拠構造
 再審請求書第1章「第4 確定判決の証拠構造」で指摘したとおり、確定判決は、再審請求人と中村巡査殴打行為との結びつきの認定につき、Kg氏(以下、敬称略、「Kg」)の1972年2月14日付検察官調書(以下、1972年は略して、「2.14検面」という。他に同じ。)及び4.26検面における供述内容を、有罪認定の核心証拠としている。
 また、再審請求人の火炎びん投てきの指示の認定につき、確定判決は、Ao達弘氏(以下、敬称略、「Ao」)の2.16検面及びAr氏(以下、敬称略、「Ar」)の4.12検面における供述を有罪認定の核心証拠としている。
 したがって、確定判決は、上記のKgらによる捜査段階の供述内容に全面的に依拠しており、これらの供述の信用性に合理的な疑いが生じれば、確定判決は根底から覆されることになる。
  しかも、この捜査段階での供述内容は、いずれも公判における証言によって否認されていることを、すでに再審請求書第6章・第7章で詳細に明らかにした。
2 捜査段階供述の問題性
(1)Kg供述の問題性
 再審請求書第6章第2(66ページ以下)ですでに指摘したように、Kg供述は、いわゆる「巻き込み」の危険が高い共犯者供述であり、また、少年が捜査官の誘導、強要に屈しやすい性質を有するところ、Kgは家裁送致・検察官逆送等の経緯から成人の強制捜査の機関をはるかに超え3ヶ月近くもの間、毎日のように、午前8時30分ころから午後9時、10時ころまで取り調べを受けた。その間には、蓄膿症の治療を受けたければ言うことを聞けと脅されて、取調べを強制されたこともあったのである(再審請求書68〜73頁)。
 結局、Kg供述は、自白→自白撤回・否認→再自白→家庭裁判所での再否認→検察官送致での再々自白→控訴審での否認と転々し、計28通の調書が作成された。
 かかる事情を見れば、Kg供述について、信用性をたやすく認めることはできないことは明白である。
 現に、本第1次再審請求特別抗告の最高裁棄却決定でも「これらの証拠を総合すると、本件当日の申立人の服装が薄青色の上着であった可能性が高く、この点に関するKg供述には誤りがあったと認められる。」と判示し、再審請求人の殴打を認定する決定的証拠であった服の色について、Kg供述に誤りがあることを認めている(再審請求書19頁)。
 してみれば、Kgの他の供述部分についても、その信用性がいっそう厳しく吟味されなければならないことは、上記最高裁の判示からも明白である。
(2)Ao供述の問題性
 Aoについても、利益誘導や切り違い尋問などの違法な取調べがあり、供述時に事実を事実として語れない恐怖を感じていた。さらに、Aoは、再審請求人による火炎びん投てきの指示を聞いたと供述するが、声による識別である耳撃証言は、目撃証言以上に事後情報に有意な影響を受けやすく、安易に信用できない性質を有する(再審請求書76頁以下)。
 したがって、Ao供述についても、Kg供述と同様に信用性をたやすく認めることはできない。
(3)Ar供述の問題性
 Arについても、切り違い尋問などの違法な取調べがあり、警察官の立ち会いのもと両親に黙秘を解くよう説得されるなど、虚偽の供述を余儀なくされた事情があった。Arも、再審請求人による火炎びん投てきの指示を聞いたと供述するが、声による識別である耳撃証言が安易に信用できないのはAo供述と同様である(再審請求書79頁以下)。
3 まとめ
 したがって、KgAoArら(以下、まとめて「供述者ら」という。)の捜査段階の供述は、取調べの過程に供述の信用性に疑問を抱かせる多くの問題点を抱えている以上、そのような問題点をふまえても、なお十分に信用できるほどに高度の合理的な供述内容でない限り、確定判決の事実認定には合理的な疑いが生じることになる。
第2 心理学的メカニズムからの供述分析―記憶の正確さに影響する要因
 上述したように、供述者らの捜査段階の供述は、その信用性に疑問を抱かせる多くの問題点を抱えている。
 そこで、われわれは、「星野文昭氏に関する3人の供述人の供述の正確さに関する心理学的鑑定」を日本大学文理学部心理学研究室の厳島行雄教授(文学博士)及び名古屋大学大学院環境学研究科の北神慎司準教授(博士・教育学)に依頼し、心理学的メカニズム法則に照らして本件供述者らの供述が、真実の記憶に基づくものであると評価することが可能か否かの検討を開始した。
 以下は、記憶の正確さに影響する要因を簡潔にまとめ、その後、それを参照に、本件各供述を分析する。
(なお、今回愛知出する新証拠(鑑定書その1)は、供述と記憶のメカニズムに関する心理学的知見をまとめたものである。これに基づ鑑定書その2を追って提出する。)
1 記憶の心理学的研究
 渡部保夫監修・厳島行雄ら編著『目撃証言の研究』(北大路書房:23頁)によれば、「知覚は目の前の対象物を受動的に忠実にコピーするような機能ではなく、環境の中の情報を必要に応じて意識的、無意識的に選択し、処理するような方略的な処理機能であることがわかってきた。また、記憶された対象の表象は時間の経過に伴って変容すること、ある部分だけが強調されたりまた脱落したりして、既存の知識構造に合うよう変容すること、古い情報を新しいものと一致する方向で変容させたりするということが解明されてきた。目撃証言を考える場合には、この感覚主義の思考方法を脱却し、人間の記憶が繊細で、諸々の要因の影響によって変容し、忘却するという事実を認識することが必要である。」とされる。
 すなわち、目撃証言の信用性を吟味するときには、@知覚は目の前の対象物を忠実にコピーするような機能ではなく、情報を必要に応じて意識的無意識的に選択して処理する機能であること、A目撃者の記憶が諸々の要因の影響によって変容し、忘却するものであることに、必ず留意しなければならない。
 換言すれば、目撃証言の信用性は、目撃証言に影響する諸要因を検討することなしに吟味することはできない。
2 目撃証言に影響する諸要因の区分と心理学的メカニズムの分析
(1)記憶の機能的段階による整理
 目撃証言に影響する諸要因として検討されてきたトピックの主なものは、上記「星野文昭氏に関する3人の供述人の供述の正確さに関する心理学的鑑定(その1)」(今回提出の弁第28号証。以下「鑑定書」という。)22頁のとおりである。
 そして、これらのトピックをはじめとする目撃証言に影響する諸要因は、記憶の機能的段階に応じて、@「符号化(知覚)」、A「貯蔵(保持)」、B「検索」に区分して整理できる(鑑定書24頁)。
 以下、これらの目撃証言に影響する諸要因を、上記段階に応じて説明する。また、本件に関連する一部の要因について、その心理学的なメカニズムの分析も行う。
(2)符号化段階に影響する要因
 符号化とは、記憶システムが利用できるように外界の情報を変換するプロセスをいい、記憶が成功するか否かは外界の出来事が上手く知覚されるか否かに依存するので、このプロセスは知覚と深い関係を持つ。
 符号化段階に影響する要因は、@出来事に固有の要因である「出来事要因」とA目撃者に固有の要因である「目撃者要因」に区分できる。
 出来事要因に区分される要因の例としては、照明条件、出来事の持続時間、事実のタイプ(速度と距離、色彩知覚)、出来事の凶暴性などが挙げられる。目撃者要因に区分される要因の例としては、ストレスと恐怖、慢性のストレス、期待、年齢(子どもの証人、老人の証人)、性、訓練などが挙げられる。
(@)出来事が複雑であり、目撃対象も多岐にわたること
 MILLER1956)は、短期記憶に一度に保持できる情報の数はだいたい7(プラスマイナス2)個であることを実験によって明らかにした。ひとかたまりの情報であれば、ひとつの「チャンク」として1個の情報に数えることができるが、ひとつの「チャンク」にできるだけ多くの情報を関連づけて詰め込むと言う作業は、心的資源とそれを利用するための十分な時間が必要であるから、非常に時間が限られた状況や、他に注意が奪われるような状況では困難である。
 本件は、およそ150名の集団が27名の警察機動隊の阻止線を突破する一連の行為の中で起きた事件である。目撃対象が複数存在しており、供述者らが状況の詳細を知覚し、記憶することは著しく困難である。まして、ガス弾と火炎びんが飛び交い、自ら負傷しあるいは逮捕されるかもしれないような、機動隊との衝突という情動性が極めて高度に喚起されるなかで、後述するように出来事が短時間であるにもかかわらず、供述者らが目撃対象の人間の行動をそれぞれ関連づけて詰め込むという作業を行うことは不可能と言うべきである。
(A)目撃時間
 目撃時間の長さは知覚に影響する主たる要因であり、目撃時間が短いときには、目撃した出来事の経過や犯人の特徴を視覚的に処理するほどの十分な時間的余裕がないために、信頼に足る結果が得られないことが多い。犯罪が突然起こり、しかも目撃時間が極めて短い場合には、目撃者は重要な知覚的特徴に注意の焦点を合わせることができないこともしばしばある。
 本件は、再審請求書「第5章」「第1 時間の流れからすれば殴打行為は不可能である」(53頁以下)で詳述したとおり、出来事自体がわずか35秒前後である。Kgも「ほとんど一瞬のこと」(2.9検面)と供述しているが、出来事の経過時間は、想起の段階では2倍にも3倍にも長く評価されることを心理学研究は教えている。実際の経過時間は上述したように35秒前後であり、Kgの想起した時間よりもさらに短い。このような短時間の目撃で、供述者らが出来事の経過や犯人の特徴を正確に知覚にすることは不可能である。目撃対象の人間が複数おり、しかも緊急事態であることを考慮すれば、なおさらである。
(B)出来事の凶暴性
 殺人・性的犯罪・暴行・強盗などの事件の被害者を調査した研究やCLIFFORD&HOLLIN(1981)の実験結果によれば、出来事の凶暴性によって人間の知覚能力や記憶能力が著しく妨害され、犯人の識別や出来事の詳細の記憶が困難となることが明らかになっている。
 本件は、1万2千人の警察機動隊の制圧下の街頭で、ガス銃、警棒、大盾等で武装した機動隊との衝突場面の一つである。供述者らの知覚・記憶能力が著しく妨害され、人物の識別や出来事の詳細の記憶が困難であったことは明らかである。
(C)凶器注目
 LOFTUS&MESSO(1987)の実験結果によれば、目撃者が凶器の存在を認識している場合、目撃者は凶器に注目してしまうため、その他の対象に対する注意が低下して、犯人特定の正確さに影響を及ぼすことが明らかになっている。
 本件現場では、鉄パイプや火炎びん、さらには機動隊の催涙弾といった生命に危険を及ぼす凶器が飛び交っており、供述者らはそれを視認していた。このような凶器の存在が、供述者らの人物の識別に困難をもたらしたことは想像に難くない。
(D)記憶の意図がなかったこと
 人間の知覚処理は、興味や動機付けが大きく影響する。そのため、環境内に同時に存在する多数の刺激のうち、注意が向けられた対象についてはより深く知覚処理され記憶されるが、注意が向けられない対象については詳細が知覚されない。すなわち、知覚の段階で重要でないとして注意を向けていない情報は、不正確にしか知覚しておらず、記憶も不正確である。
 供述者らは、本件の時点では、後日、中村巡査を殴打した者、火炎びん投てきを指示した者等の特定を求められるとの認識はまったくなく、周囲の状況や人物の識別に注意を払っていたわけではまったくない。供述者らの人物識別の知覚・記憶が不十分・不正確あるいは不可能であったことは明白である。
(E)情動的興奮(ストレス)
 被害者の証言を分析した結果や種々の心理学的実験によれば、恐怖に満ちた状態や不安に満ちた状態では、知覚能力や認知能力が低下することが明らかになっている(「とても恐かったので、よく覚えているのです。」というような表現は、事実を反映したものではない)。人間は、不安が高くなると視野が狭くなったり固定化されたりして、特定のものしか見られなくなる。また、心拍数や血流速度の増加、血液内血糖値の増加など、生理状態が急激に変化する。このような場合、人間は、緊急事態を認知して合理的に判断しようとするのではなく、緊急事態から逃避して身の安全を確保することに意識が集中する。そのため、不安や恐怖を起こすような状況に置かれた目撃者が、証言を求められるときになってはじめて重要になる緊急事態の状況や犯人の特徴に注意を払うことはかなり難しいものである。
 本件では、供述者らは、機動隊の催涙弾などの攻撃を受け、また、味方からの火炎びんにより自らの着衣等に着火する危険にもさらされていた。このような情動的興奮状態にあって、供述人らの記憶が大きく阻害されていたことは明白である。
(3)貯蔵段階に影響する要因
 出来事を正確に知覚したとしても、目撃者の出来事に関する記憶の表象が、長い間そのままで残っているということはない。
 貯蔵段階に影響する要因の例としては、以下の通り、長期の保持後の忘却、事後情報による記憶のゆがみなどが挙げられる。
(@)長期の保持
 目撃者の出来事に関する記憶の表象は、時間が経過すればするほど減衰する。視覚イメージの場合、その出来事の数分後には記憶が減衰し始め、数日間といった比較的短い期間に急激に降下し、その後はゆっくりと忘却がすすむことが研究により確認されている。そのため、数ヶ月といった長期の保持期間をおいた識別は、誤って行われる可能性が非常に高いと考えておく必要がある。
 本件の場合、供述者らの供述は、いずれも経験したときから少なくとも2ヶ月以上経過した後に行われており、仮に他者からの強制・誘導等の影響がなかったとしても、誤った識別が行われた可能性は非常に高い。
(A)無意識的転移
 「無意識的転移」とは、目撃の時間・空間的情報が誤ってしまって記憶に浸入することにより、例えば、実際に目撃した人物ではない、別の機会に出会った人物を当該の人物として識別してしまうことをいう。実際に起きた事例として、事件後に犯人が見たことのある人物だとの説明を受けたために、職場の同僚の夫を犯人と思い込んだ例が報告されている。
 本件の場合、供述者らは再審請求人を駅でのアジ演説など印象的な場面で目撃している。仮に供述者らが記憶に基づいて供述を行っていたとしても、他の場面で目撃した再審請求人を、本件現場で目撃したと勘違いしていると考えられるものである。
(4)出来事の検索段階に影響する要因
 貯蔵された記憶から出来事を検索したときに想起される内容は、目撃者が出来事について符号化した情報や、目撃者の所有している世界一般についての知識や情報を利用して再構成されたものである。ビデオの記録をプレイバックして、元の情報を確認するようにはいかない。そのため、目撃者が出来事の記憶を報告するときには、目撃者が事後的に得た出来事に関する情報や、目撃証言(供述)を引き出そうとする質問者のフィードバックに影響を受けることになる。
 検索段階に影響する要因の例としては、「質問法」、「質問の語法」などが挙げられる。
(@)反復された事情聴取
 面接者の発話や態度が、目撃者の態度に影響を及ぼすことは、実験によって確認されている。ことに、権威的な面接者の態度は、目撃者の回答に大きな影響を与えることがROPER&SHEWANの実験により確認されている。
 また、複数の人がコミュニケーションを取りながら情報を想起しようとする場合に、話し合った後「共通見解」を作るように求められたときには、一方が他方に同調してしまう確率が高いことも、実験によって確認されている。
 本件供述者らは、いずれも長期間身柄を拘束され、その間繰り返し尋問を受け続けてきた。そうした境遇を強いられている供述者らにとって、取調官は、まさしく権威者的な面接者にほかならない。
 そのうえ、取調官は、供述者らにいわゆる「引き当たり」を行い、実況見分に立ち会わせている。取調官が、自己が抱いている仮説に沿うような「共通見解」を作るように、供述者にフィードバックを与え、圧力をかけたことは、想像に難くない。現に、供述者らの調書は、いずれも、はじめは出来事の詳細さを欠く短い供述であったが、繰り返し調書が作成される過程で、人、物、行動、衣服、時間、場所等本件に関わるあらゆる情報が詳細に供述されるように変遷しており、取調官が供述者にさまざまなフィードバックや圧力を加えた形跡は容易に認めることができる。
(A)社会的影響
 「社会的影響」とは、当該の出来事を経験した人物の記憶が第三者からの情報により強い影響を受け、本人が知らぬ間にその第三者からの情報をあたかも自分が経験した出来事の記憶であるかのように想起する現象である。
 本件から供述者らが逮捕されるまでには2ヶ月余りの間隔があり、その間、供述者らは新聞報道等の情報にさらされ(弁20号証ほか)、その影響を受けていた。また、身柄拘束を受けてからも、上述した「引き当たり」や実況見分の立会いなどによる捜査側の情報にさらされ、やはりその影響を受けていた。供述者らの供述が、いずれも実況見分の立ち会いを経た直後に、大幅に詳細さを増しているのは、まさにその現れである。
第3 Kg供述は記憶を反映していない
 以上を前提に、確定判決が再審請求人と中村巡査殴打行為との結びつきの核心証拠とするKgの2.14検面及び4.26検面における供述の信用性を検討する。
1 Kgの2.14検面における供述
(1)符号化段階での問題点
 ア Kgの目撃状況
 Kgは、2.9検面において、本件の目撃時間に関し、
「ことばで表現すると長いようですが、ほとんど一瞬のことで、機動隊員が倒れた直後、私が星野達の近くに到着してのぞき込んだという状況でした」
と述べ、目撃時間はきわめて短時間であったことを強調している。
 このKgの述べる目撃時間に関する供述は、客観的な事実の分析により判明した本件の時間の流れ(再審請求書53頁以下)、すなわちデモ隊が中村巡査を捕捉してから本件現場を出発するまで35秒前後としたわれわれの推認が、きわめて合理性の高いものであることを裏付けている。
 目撃時間が短いと、目撃した犯人の特徴などを視覚的に処理することができないために、信頼に足る結果(想起)が得られないことが多いことは、前述のとおりである。
 まして、本件は150名以上の集団が27名の機動隊と戦闘を行っている状況という複雑な状況のなかで起きた事件であり、目撃者がそれぞれの状況の詳細を知覚し、記憶することは著しく困難であった。
 さらに、本件現場では、鉄パイプや火炎びん、機動隊の催涙弾といった生命に危険を及ぼす凶器が飛び交っていたところ、Kgもそれを視認していたのだから、Kgの注意は凶器に集中し、人物の識別まで行うのは困難であったはずである。
 しかるに、Kgは、中村巡査殴打行為に関し、2.14検面において、
「Aの道案内の男は長さ三、四〇センチ位の黒いバール(一方の先端が曲がってクギを抜くのに使用し、他方の先端が薄くなっている物)をふり上げてはげしく機動隊員を殴りつけていました。Bの星野は長さ四、五〇センチ位の鉄パイプをふりかぶって同じように機動隊員を殴りつけていました。CとDはどちらか一方が長さ一メートル位の竹竿を持ち一方が何かは分らなかったが何かの武器を持っており二人ともA、Bと同じく機動隊員を殴りつけていました。前回供述したようにヘルメットがコンクリートの床に落ちた時のような音や竹が身体に当たる時のような音をたてておりめった打ちに殴りつけていたのです。続いて私を追い抜いたE、F、Gの三人が機動隊員に一斉に飛びかかり竹竿や鉄パイプで殴り始めたのであります。つまり最初めった打ちにしていたA、B、C、DにE、F、Gが加わって七人位で機動隊員を殴りつけたのです。この時Bすなわち星野が鉄パイプで機動隊員を殴りつけながら、 殺せ、殺せ とかすれたような異様な声で叫び続けていたのが印象的でした。」
などと、殴打行為に参加した人物を識別したうえ、それぞれが所持する凶器や殴打行為の態様までを区別して供述し、周囲の喧噪の中で殴打の音が聞こえた、再審請求人の発言内容が印象的だったとすら述べている。
 このような詳細な供述は、短時間の目撃、出来事の偶発性、複雑性、凶器注目といった目撃状況と矛盾し、心理学的に見てきわめて不自然なものであり、Kgの記憶に基づくものとは言い難い。
ロ Kgの心理状況
 前述したように、本件は、心理学的メカニズムにいう「凶暴性」の極めて高い出来事であり、Kgの知覚能力・記憶能力が著しく妨害されていたことは想像に難くない。
 また、Kgは、2.15員面で、
「私も佐々木さんも先き程の機動隊との衝突等で、落ちつきをなくしていましたので」
などと述べるように、機動隊からの攻撃を恐れて恐怖・不安を感じていた。Kgが、機動隊からの攻撃を避けるために、機動隊の動きを重要と感じ、それに視野が固定され、その他の出来事に注意を払える状況でなかったことも、容易に想像できる。
 Kgが、自分が所持していた凶器について、2.14検面において、
「私は近くにいた者から火炎ビン一本をもらって右手に持ち走り出しました。そのころ誰かから竹竿をもらって左手に持っていたような記憶もあるのですが前回供述のように米屋前から東急本店に走って行く途中の材木屋の前付近で竹竿をもらいこれを間もなく火炎ビンと交換したようにも思うのでこの点ははっきりしません。」
などと述べ、右手に火炎びんを持っていることは認識しながら、左手に竹竿を持っていたかどうかは覚えていないと供述していることは、そのようなKgの心理状態を示すものである。
 しかるに、中村巡査殴打行為については、前記のとおり、殴打に参加した人物を識別したうえ、それぞれが所持する凶器や殴打行為の態様を区別して供述し、周囲の喧噪の中で殴打の音が聞こえた、請求人の発言内容が印象的だったなどと詳細に供述している。
 このような詳細な供述は、情動的興奮、知覚の選択性、出来事の凶暴性といったKgの心理状況と矛盾し、心理学的メカニズム法則から見て極めて不自然なものであり、Kgの記憶に基づくものと言えないことは明らかである。
(2)貯蔵段階での問題点
 イ 出来事から供述まで3ヶ月が経過している
 Kgが中村巡査への殴打行為の現場に請求人がいたとはじめて供述したのは2.4検面においてであり、Kgが殴打行為に請求人が参加したとはじめて供述したのは2.9検面においてであり、本件当日である1971年11月14日から約3ヶ月が経過している。
 EGAN,PITTNER&GOLDSTEINの実験によれば、被験者の前に15秒間現れて武器を持って強盗を行った2人の人物について、56日後に識別を行ったところ、誤ってターゲットを選択した割合は93%、正しいターゲットを選択した者は、わずか7%であった。
 このような研究結果に照らせば、Kgの供述は、事件から3ヶ月が経過した後になされているということだけで、まったく信用に値しないことは明らかである。
 ロ 無意識的転移
 Kgは、再審請求人につき、2.9検面において
「奥深山がそれに続いて指名された私達に対して 今日は星野さんの防衛隊をやる。星野さんは部隊の重要な人で絶対に警察に渡してはならない人だ。いつも星野さんの傍を離れないように、と言いました。星野という人が中核派の重要な指導者で成田・三里塚闘争で全国指名手配になっているということは 私も聞いていたのでこの人がその星野さんで軍団の総指揮者だとわかりました。」
「星野がホームに戻ると全員に対して これから全員電車に乗って新宿に向かう。電車の最前部に乗るから全員前へ移動しろ。 と号令し 部隊がホームの最前部の方へ移動したところ、星野が私に 肩車しろ と言って私の肩に乗り全部隊にアジ演説をしました。」
などと述べており、再審請求人が全国指名手配になるような人物であり、軍団のリーダーであると認識していた旨供述している。
 Kgが、中村巡査に対する殴打行為に請求人が参加したと供述したのは、(これを言う必要なし)請求人が軍団のリーダーであり、かつ全国指名手配になるような人物と認識していたために、中村巡査に対する殴打行為に参加していたと思い込んだ可能性も否定できない。
(3)検索段階での問題点
 Kgは、最初の調書である2.2員面では、中村巡査に対する殴打行為について、一切述べていなかった。中村巡査への殴打行為の現場に請求人がいたとはじめて供述したのは2.4検面においてであり、殴打行為の状況について、
「しばらく走ると一人の機動隊員が殴られていました 機動隊員は、道路に向って、左側の建物の一部に寄りかかっており、これに対し、白ヘルを覆った男が、長さ一メートル位の竹ザオをふるって何回も殴りつけていました。竹竿がボロボロになる位はげしく殴りつけておりました。機動隊員の首のつけ根あたりを殴っていました。その白ヘルの男のそばに星野と道案内人の男の他何人かがいました。機動隊員はぐったりして、全く抵抗できない状態でした。」
と述べるにとどまっている。
 そして、Kgが殴打行為に請求人が参加したとはじめて供述したのは2.9検面においてであり、
「昨日、刑事さんにつれられて現場を見て来ましたが、その場所は路地と交差する四つ角の所で、左側の米屋の前でした。米屋のシャッターに一人の機動隊員が寄りかかり、四・五人の男がとり回んで何かの武器で激しく殴り付けているのでした。機動隊員のヘルメットと何かの武器がぶち当たるような大きな音がものすごく響いていました。我々のヘルメットがコンクリートの床に落ちた時に発するような金属性の音や竹竿が体に当たる時のバシバシというような音でした。私が一〇メートルぐらいに接近した時に殴っていた四・五人のうち三・四人は一・二歩ぐらい後退し、最後の一人が長さ一メートルぐらいの竹竿を振ってその機動隊員の上半身を気ちがいのようになって激しく何回も何回も殴りつけているのを見ました。機動隊員は全身にひどい打撲を受けてふらふらになっていましたが、最後の男が竹竿で殴りつけていると機動隊員は右肩の方からくずれ落ちるように 頭を渋谷方向に斜めに向けるような形で道路に倒れたのであります。殴っていた竹竿は先の方がササラのように割れていました。この四・五人のうち機動隊員の正面にいたのが星野、その右側にいたのが道案内の男、星野の左側にいたのがはっきりはしませんがAoによく似ていました。そして最後まで竹竿で殴りつけていた男は名前は知りませんが 一一月六日法政大学における中核派総決起集会で各地区大学代表としてアジ演説をやった男に非常によく似ていました。その機動隊員は背はあまり高くないほうだと思いますが、殴っていた男はその機動隊員より背が低いような感じでした。白ヘルをかぶり覆面はしていなかったと思います。服装までは覚えておりません。星野は短い鉄パイプ持っていました。道案内の男も短い鉄パイプのようなものを持っていました。Aoらしき男が何を持っていたかはっきりしません。」
と実況見分の直後から、極めて詳細に殴打行為を描写している。
 本件は、事件直後から大きく新聞報道で取り上げられ、何人も逮捕されたと報道されるなどしており(弁20)、Kgもこのことを知っていたと思われる。
 そこで、Kgが殴打行為を目撃していたのであれば、当初からそのことについて供述してしかるべきであったが、Kgは、当初中村巡査に対する殴打行為にまったく触れることがなかった。それが、取調べが重なると請求人が現場に居たという曖昧なものに変わり、さらに実況見分の直後から急に具体的詳細なものに変遷したのは、Kgが取調官からその仮説に沿う形のフィードバックや圧力を受けたからにほかならない。
 したがって、2.9検面以降の中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加した旨の供述は、取調官からのフィードバックや圧力による創作であって、Kgの記憶に基づく供述ではない。
 なお、同時期に作成された供述調書について、確定判決自体も一部信用性を否定している。すなわち、再審請求人による中村巡査の殴打を目撃したとするAoの検察官調書の信用性を自ら全面的に否定しているのである。
「(Ao及びAr)らは、同被告人(申立人)の中村巡査に対する殴打の状況を現認しなかったか、あるいは現認したとするには疑いがあるものと言うべきである。すなわち、Aoは、2・25(検)において、『米屋の前で、星野、奥深山さん達が中村巡査を私と同じような鉄パイプでめった打ちしていた(中略)五、六名でとり囲み殴りつけてい』たと供述しているが、それに先立つ2・16(検)においては、本件殺害現場での同被告人の言動について、『殺せ、殺せ、殴れ、やれ。』『銃を奪え。』『火をつけろ。』等の命令が同被告人の声ないしは同被告人のような声であったとし、また同被告人も火炎びんを投げたと思う旨供述しながら、その殴打自体については、何ら触れるところはなく、単に七、八名の者が中村巡査を取り囲んで殴打していたが、その中で奥深山や大坂が殴打しているのを見た、とするに過ぎない。右両供述を対比してみると、後者が同被告人の言動を詳細に供述しているにもかかわらず、その殴打については何ら触れていないことからすれば、同巡査を殴打している五、六名の中に同被告人がいた旨の前者の供述は、前示のように同巡査を引張り出している者らの中に同被告人がいたことを根拠とする、同人の推測の結集の表明とも解する余地があり、現に、同人が同被告人の殴打の状況を目撃したと言い得るかについては、躊躇せざるを得ない。」
    同じことがKg供述にも起きていると考えるのが自然である。
    確定判決は、2・16日検面の一部の記載について信用しないとするのであるから、なぜ信用できない供述が記載されてしまったのかを解明しなければならない。しかし、確定判決は、「同人の推測の結果の表明とも解する余地」とするだけで、「推測の結果」がなぜ断定調に録取されたか一切解明せず、捜査官による強引な誘導によるものか否かについては判断しないのである。
(4)小括
 以上のとおり、Kgの2.14検面における供述内容は、目撃状況にも、目撃時のKgの心理状態にも矛盾するものであり、心理学的に見てきわめて不自然な供述である。
 しかも、本件から3ヶ月も経過した後になされたKgの犯人識別供述は、そのことだけでまったく信用に値しない。Kgが再審請求人のことをデモ隊のリーダーであり、かつ全国指名手配になるような人物と認識していたために、取調官の誘導で、中村巡査に対する殴打行為に参加していたと思い込んだ可能性もある。
 さらに、Kgが、当初中村巡査に対する殴打行為にまったく触れることがなかったのに、取調べが重なると再審請求人が現場に居たという曖昧なものに変わり、さらに実況見分の直後から急に具体的・詳細なものに変遷したのは、Kgが取調官からその仮説に沿う形のフィードバックや圧力を受けたことからにほかならない。
 したがって、中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加した旨のKgの2.14検面における供述は、Kgの真実の記憶に基づく供述とはいえない。
2 Kgの4.26検面における供述
(1) 符号化段階での問題点
 ア Kgの目撃状況
 Kgの4.26検面は、2.14検面に比べてより詳細に状況を描写しており、本件に至る経緯から本件後の事情に至るまで、首尾一貫して詳細で本人の心理描写も含まれている。
 しかし、そのように詳細すぎる供述は、情動性が高度に喚起されるなかでの短時間の目撃、出来事の偶発性、複雑性といった目撃状況を考えれば、心理学的に見てきわめて不自然なものであり、Kgの真実の記憶に基づく供述と言えないことは、2.14検面と同じである。
 イ Kgの心理状況
 詳細すぎる供述が、情動的興奮、知覚の選択性、出来事の凶暴性といったKgの心理状況と矛盾し、心理学的メカニズム法則から見てもきわめて不自然なものであり、Kgの記憶に基づくものと言えないことは明らかである。
 なお、4.26検面では、
「私はこの状況を見て殴っている仲間の左側に入り左手に持っていた竹竿を持ち変えそれまで竹竿の真中位を握っていたのを端のほうに握りなおして機動隊員の右脇腹あたりを片手殴りに四、五回位、強く力一杯殴りつけたのです。」
と、Kg自身も中村巡査に対する殴打行為に参加したことを認めている。しかし、いったん否認に転じ、また殴打行為への参加を認めるなど、その供述は二転三転している。
 前記のとおり、人間の知覚処理は、注意が向けられた対象についてはより深く知覚処理がなされ、記憶される。仮にKgが中村巡査に対する殴打行為に意識的に参加したならば、そのことについて供述が二転三転することはない。
 Kgは、家裁の審判で自らの中村巡査殴打行為を否定したのち、地検に逆送され、そこで作成された検面及び員面では次のように供述している。 
私は家庭裁判所の審判廷の時、機動隊員一人を手にした竹竿で殴ったという点について、これまで竹竿で殴ったと供述してきましたが、よく考えて見たところ殴ってはいません、旨、陳述したのですが、これは少年鑑別所で高経大のAoさんと会った折り、事件の事で一寸話したのですが、その時Aoさんは「私が殴ったのは見ていない」と云ったのを聞いたことと、それから、この殴ったという事について、考えたところ、鮮明な 殴ったという記憶がうかんで来なかったため・・・審判廷でそのまま、殴っていない、と陳述してしまったものです。」(Kg3.25検面)
「私は中村巡査を殴ったように供述して来ましたが(鑑別所?)で考えたらやはり私は殴っていませんという意味の事を供述しましたが、なぜこういう供述をしたかといいますと(鑑別所?)の風呂で二回Aoと会って事件の事を話合った際、Aoが「おまえは本当に殴ったのか、俺はおまえが殴ったところは見ていないと言うのを聞いて 私自身警察や検察庁の取調の時、最初は竹竿で殴った事がはっきりした記憶となって浮び上ってこないで、取調が進むにつれて段々正確な事を思い出して来た位ですから、Aoからそう言われてみると、やっぱり自分は殴っていなかったのではないかというような気持になってきたのです。」(Kg3.25員面)
(2)貯蔵段階での問題点
 中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加した旨のKgの供述は、本件から3ヶ月以上が経過した後になされているということだけで、まったく信用に値しないことは2.14検面と同様である。
 また、Kgが、中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加したと供述したのは、再審請求人がデモ隊のリーダーであり、かつ全国指名手配になるような人物と認識していたために、中村巡査に対する殴打行為に参加していたと思い込んだ可能性ことも、2.14検面と同様である。
(3)検索段階での問題点
 4.26検面の作成に至るまでに、Kgは約3ヶ月間(刑事事件としての捜査、家裁送致、検察官への逆送)、身柄拘束を受けながら連日連夜の取調べを受けていた。4.26検面までに作成されたKgの供述調書は、28通にも及ぶ。
 記憶の表象が時間の経過とともに減衰することからすれば、Kgの4.26検面における供述は、当初の詳細さ(「当初」といっても、本件から3ヶ月経過しているが)が失われていてしかるべきである。
 しかし、4.26検面は、これまでの調書の中でもっとも詳細に状況を描写しており、本件に至る経緯から本件後の事情に至るまで、首尾一貫して詳細である。各人物の行動もそれぞれ具体的に把握され、あたかも現場を俯瞰してみているような内容である。
  このように、4.26検面が異常なほどに詳細なのは、Kgが取調官からその仮説に沿う形のフィードバックや圧力を受けたからにほかならない。むしろ取調官が、それまでの捜査の集大成として、最終段階の作文としてまとめたものである。
 したがって、4.26検面での中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加した旨のKgの供述は、取調官からのフィードバックや圧力による創作であって、Kgの記憶に基づく供述ではない。
(4)小括
 以上のとおり、Kgの4.26検面における供述内容は、目撃状況にも目撃時のKgの心理状態にも矛盾するものであり、2.14検面と同様に心理学的メカニズムから見て極めて不自然な供述である。
 また、本件から3ヶ月経過した後になされていること、Kgが中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加していたはずと思い込まされた可能性も否定できないことなどといった事情も、2.14検面と同様である。
 さらに、時間が経過すればするほど記憶が減衰するという記憶法則に反して4.26検面が異常なまでに詳細になった理由は、Kgが取調官からその仮説に沿う形のフィードバックや圧力を受けたこと以外に考えられない。
 したがって、中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加した旨のKgの4.26検面における供述も、Kgの記憶に基づく供述とはいえない。
 次表は、Kgの2.14検面の内容を、デモ隊の中村巡査捕捉から殴打現場離脱までに限って整理したものである。実に27項目に及ぶ出来事(さらに各項目は幾つかの出来事からなっている)が供述されている。たった35秒間の間に起こったとされるこれらの出来事を、Kgは全て知覚し、しかも3ヶ月も経過した後に、思い出したと言うのである。そのようなことがおよそ不可能であることは、通常人の経験則からも容易に確認できる心理学的メカニズムであり、Kgの2.14検察官調書及び4.26検察官調書は真実の記憶に基づくものとは到底言えない。
<表>  Kg2.14検面調書における供述事実の一覧
   目撃位置
 主な出来事
 項目
 No
                  目撃された出来
前方2、30m   
                 
@
四、五名の者が左側の米屋のシャッターに一人の機動隊員を押しつけて殴りつけているのを見た
 A  
道路の右側のパン屋の前あたりには白い服を着た人他五、六人の近所の人らしい人達が立っているのを見ました。
息苦しくなって走
る速度を少しゆる
めた時
                 
 B  
私の左横を三人位が追い抜きました。略図でE、F、G、と記載したのがその三人で、    Eは、奥深山    Fは、Ao    Gは、ItTo
 C  
奥深山は長さ一メートル位の竹竿を持っていました。 Aoは長さ五、六〇センチ位の鉄パイプを持っていました。 ItToかは竹竿のような物を持っていたと思いますが、はっきりしません。
前方約10m   (3人に追い抜かれたころ)
                 
                 
 D  
米屋のシャッターの所では、機動隊員が四、五人からはげしく殴られていました
略図でA、B、C、Dと記載したのが殴っていた男達で、 
  Aは、道案内の男    Bは、星野    Cは、不明    Dは、不明
 E  
Aの道案内の男は 長さ三、四〇センチ位の黒いバール(一方の先端が曲がってクギを抜くのに使用し、他方の先端が薄くなっている物)をふり上げてはげしく機動隊員を殴りつけていました。 Bの星野は 長さ四、五〇センチ位の鉄パイプをふりかぶって同じように機動隊員を殴りつけていました。 CとDは どちらか一方が長さ一メートル位の竹竿を持ち一方が何かは分らなかったが何かの器を持っており二人ともA、Bと同じく機動隊員を殴りつけていました。
 F  
ヘルメットがコンクリートの床に落ちた時のような音や竹が身体に当たる時のような音をたてておりめった打ちに殴りつけていた
3人が殴打に加わ
 (私は取り囲んでいた7人位のすぐ後ろに来ていた)
                 
                 
 G  
続いて私を追い抜いたE、F、Gの三人が機動隊員に一斉に飛びかかり竹竿や鉄パイプで殴り始めたのであります。つまり最初めった打ちにしていたA、B、C、DにE、F、Gが加わって七人位で機動隊員を殴りつけたのです。
 H  
この時Bすなわち星野が鉄パイプで機動隊員を殴りつけながら、「殺せ、殺せ」とかすれたような異様な声で叫び続けていたのが印象的でした。
 I  
この時機動隊員がどういう状態であったかはA、B、C、D、E、F、G、の姿に隠されていたので良く分かりません。
竹竿の男1人だけが殴っていた
                 
                 
                 
                 
 J  
この七人位の間にすき間ができたので見ると 一人の男が機動隊員を長さ一メートル位の竹竿で殴りつけていました。 この男は「CかDの男で」前回供述した通り一一月六日法政大学の集会でアジ演説をやった男に似ていた男です。
 K  
こ時他の六人位はもう充分と思ったのか殴るのをやめていましたがこの男だけは竹竿をふるって一人で最後まで気違いのように殴りつけており竹竿はササラのようにばらばらになって異様な光景でした。
 L  
機動隊員は白手袋の両手を持ち上げて顔をおおうようなかっこうをしたり両手をだらんとさげたりしていました。
 M  
これに対し竹竿の男は首筋のあたりを左右から何回も殴りつけており時々A、Bが顔をおおう為に上げた機動隊員の両手の肘のあたりを鉄パイプかバールの手をのばして殴りつけていました。
 N  
機動隊員はヘルメットは覆ったままでしたが顔の前についている防護面の止め金が片一方はずれていました。 機動隊員は鉄パイプ、バール、竹竿等でめった打ちにされて、まったく抵抗する気力もなくやっと立っているという状態で上半身がふらふらゆれていまいた。
機動隊員倒れる   
                 
 O  
竹竿の男が殴りつけているとふらふらになった機動隊員は一、二歩前に歩み出たと思った瞬間両手を上げて顔をおおうような形をしながら頭を道路側の斜め東急本店寄りにして右肩を下にしてくずれ落ちるようにバッタリ倒れたのであります。 ちょうど私の目の前に機動隊員の腰のあたりが来る位置で倒れました。
 P  
この時後続部隊の数名が神山交番方向から到着したようでした。
「銃をうばえ」   
                 
 Q  
機動隊員が倒れた直後、「銃をうばえ」という声がしました。確か星野の声だったと思います。
 R  
その声で二、三名が機動隊員におおいかぶさるようになり、 その中の一人が倒れている機動隊員の腰のあたりをさぐっていました。その男は機動隊員の上着をはぐって腰のあたりをさぐっていましたが銃はなかったようです。 機動隊員の頭の方でも何人かが何かやっている様子でしたが何をやっていたかは私は腰の方を見ていたのではっきりしませんでした。
道路中央寄りに出て前方を見る
                 
 S  
私はそれからこの集団より先の方に部隊の別の集団がいるのではないかその集団が機動隊と衝突してはいないかと思ってA、B、C、Dの背後を通って道路中央寄りから前方を見ましたが他に部隊の姿は見えませんでした。
 21
その時米屋の反対側の石段のある民家の前付近に数人の近所の人らしい人達がこの状況を見ているのを発見しました。
「離れろ、火炎ビンを投げるぞ」
                 
                                  
 22  
次に、「離れろ、火炎ビンを投げるぞ」という声がしました。声がした方向は倒れている機動隊員を取り囲んでいる集団の神山交番寄りの方向でした。この時にはA、B、C、D、E、F、Gの他、数名がそこに来ておりましたので取り囲んでいた人数は一二、三名になっていました。誰れの声かは分りませんでした。
 23  
この声に応じてそこにいた者達は一、二歩後退して、輪を広げましたが、次の瞬間声のした方向から二、三本の火炎ビンが機動隊員に向って投げられたのです。
 24  
火炎ビンの投げられた方向を見ると、Arと奥深山の姿が見えました。
 25  
火炎ビンは発火、炎上して高さ一メートル位の炎を上げ機動隊員の腰や背中のあたりの着衣に火がつき機動隊員がころげるように動いたのを記憶しています。
「よし、もういい。道案内、道案内」
                 
 26  
その時星野が、「よし、もういい。道案内、道案内」と叫び これに応じて道案内の男Aが道路左端から飛び出して来て横断歩道の上あたりで星野の方を向き(ハス構えに向き、手には、バール様のものを持ち、マスクかタオルをし、細身でコート姿・・・図Hの説明)、それから星野と道案内は東急本店方向に走り出したのです。
 27  
星野が「よし、もういい」と言った時後続部隊の方からさらに数本の火炎ビンが機動隊員に投げられ機動隊員は炎に包まれたのです。  道案内人が走り出したので、私も走り出すが。あっというまに7〜8人に抜かれてしまう。なを後続部隊の方から、さらに火炎ビンが投げられていた(図Iの説明)。
3 まとめ
 以上から、Kgの2.14検面及び4.26検面における供述は、心理学的メカニズム法則に照らして供述者の記憶を正確に反映したものと評価することはできず、違法な取り調べなどの問題点を踏まえても、なお十分に信用できるほどに高度の合理的な内容を備えていると見る余地はまったくない。
第4 Ao供述は記憶を反映していない
 次に、確定判決が再審請求人の火炎びん投てき指示の認定について核心証拠としたAoの2.16検面における供述の信用性を検討する。
1 符号化段階での問題点
(1)Aoの目撃状況
 Aoは、2.16検面において、
「私がすっかり興奮してこのように殴りつけた直後、気付いたのですが、私達の後には仲間の部隊が近づいておりその数は二、三〇人で、二、三メートル位のところから ワー と大きな喚声をあげながら私達のやることを見ておりました。」
「なお私が最初に奥深山さん達が殴っているのを見た時から星野さんのような声で 殺せ殺せ 殴れ やれ という命令が出されており、これが私が殴り終わった後も言われ、仲間の ワー という喚声と共に印象に残っています。」
「一瞬いやな気持ちになりましたが、まわりからは仲間が ワー と喚声をあげており、このいやな気持ちがどこかへ吹飛び、英雄気取りになり星野さんの命令に従って火炎ビンをも投げてしまいました。」
などと述べている。
 Ao供述によれば、「火炎びん投てきの指示」があったとされる時点では、既に2、30人をはるかに超えるデモ隊員が周辺に結集していて、2、3メートルの近くから「ワー、と言う大きな歓声」が上がっていたのである。
 そのような状況のもとでは、個人の声を正確に識別することは著しく困難である。現に、Aoも、「星野さんのような声で 殺せ殺せ 殴れ やれ という命令が出されており」、「星野さんは再び大声で 火をつけろ と命令しました」などと再審請求人の指示を除けば、周囲の人間の会話や指示を聞いたと述べていない。
 まして、Aoが2.4検面において
「突然催涙ガスが前方から飛んで来て前の方に機動隊のいるのに気付きました。」
と述べているように、本件現場では、Aoを初めデモ隊の全員がいつ再び機動隊が襲撃してくるかも知れないという極度の緊張状態にあったのである。Aoが声により人物の識別を行うのは困難な状況であった。
 しかるに、Aoは、火炎びん投てきの指示に関し、2.16検面において、
「星野さんは再び大声で 火をつけろ と命令しました。」
と述べ、再審請求人の指示だけを「星野さんは…命令しました。」と断言している。その一方で、Aoは、本件現場での再審請求人以外の人間の発言や命令は、一切供述していない。現場ではデモ隊の小隊長、中隊長など様々な複数の部隊責任者が、様々な指示号令を発していたのである。再審請求人以外の人間の発言が周囲の喧噪で聞こえなかったというのであれば、再審請求人の命令についても、十分に聞き取れなかったはずである。Aoが、他の人間の発言は一切供述していないのに、上記命令だけは再審請求人によるものと断定しているのは、明らかに不自然である。
 また、Aoの目撃時間も短時間であることは、Kgについて述べたのと同様である(デモ隊が中村巡査を捕捉してから本件現場を出発するまで35秒前後)。
 そのうえ、Aoの事件当時の視力は0.2程度で、5メートル離れれば顔の詳細がわからないような状況であった。
 しかるに、Aoは、凶器の飛び交う現場における短時間の目撃で、周囲の状況や人物の識別を行うのは困難であったにもかかわらず、2.16検面で
「これとほとんど同時位に機動隊員のまわりにいた者から一勢に火炎ビンが投げつけられ、私も手に持っていた火炎ビン一本を機動隊員の頭から二メートル位離れたところより機動隊員めがけて投げつけました。
 奥深山さんと背が低く黒っぽいジャンパーの男も火炎ビンを投げたのをはっきり見ています。星野さんと氏名の判らない男も確か火炎ビンを持っていたので投げたと思います。投げつけられた火炎ビンは全部で七、八本位で、この火炎ビンが一勢に ガシャン と破裂して燃えあがり機動隊員を一瞬にしてこの赤い炎で包み、その火は2メートル位の高さになりました。この機動隊員の足下の方で顔が細面の男で黒っぽいコートを着た者が火炎ビンをあびて胸のあたりから足にかけて燃え、その横にいた男がその男のを引きずりながら消しているのをチラッと見ました。」
などと述べ、周囲の人間が再審請求人の指示と同時くらいに一斉に火炎びんを投げたとしている状況を、人物をその行動とともに識別しながら周囲の状況を詳細に供述している。
 Aoの耳撃供述の内容は、周囲の喧噪の中で、再審請求人の発言・指示だけが聞こえたという不自然さは顕著である。目撃供述もあまりにも詳細にすぎ、短時間の目撃、出来事の複雑性、凶器注目といった目撃状況と矛盾する。Aoの供述は心理学的に見てきわめて不自然なものであり、Aoの真実の記憶に基づくものと評価できるものではない。
(2)Aoの心理状況
 また、Aoは、
「突然催涙ガスが前方から飛んで来て前の方に機動隊のいるのに気付きました。ここで一旦ひるんで止まり」(2.4検面)
「私はなぜ転んだのかと思い、足元を見るとガソリンが流れているようで、それに火がついており、一面火の海で、私のズボン右側にも火がついておりました。私はこれは大変だと思い、かがみ込んで両手で火をはたいて消し止め、その場から道路右端3付近に避難しました」(2.16検面)
NgItさんがそばにいるのに気がつき、ほっとしたところ、私が今までかぶっていたヘルメットがなくなっているのに気がつき、 しまった と瞬間思いました。これはヘルメットがないと機動隊に頭を殴られ怪我をすると思ったからです。」(2.16検面)
などと述べるように、デモ隊員が投げた火炎びんの火が自分に燃え移り、またかぶっていたヘルメットがなくなり、Aoの動揺・恐怖・不安は極点に達していた。
 したがって、Aoの詳細な目撃供述や不自然な耳撃供述は、情動的興奮、知覚の選択性、出来事の凶暴性といった心理学的メカニズムの法則から見て、Aoの真実の記憶によるものとは到底評価しえない。
  貯蔵段階での問題点
 Aoの供述も、Kgの供述と同様に、本件当日である1971年11月14日から約3ヶ月が経過した時点でなされたものである。すでに再審請求書において指摘したように、声の同一性識別の記憶は、時間の経過とともに急激に減衰し、3週間の経過により9%に低下するという実験結果(弁17〜18)があることを考慮すれば、Aoの供述がまったく信用できないことは明らかである。
 また、Aoは、再審請求人について、2.12員面で
「昨年夏ころ東京で開かれた集会の帰りに一緒であった元高経大生星野文昭さんである事を思い出しましたがまさか指名手配されているのに、と信じられませんでした。」
「部隊の移動が終ると、私の近くにいた人から 君、肩車をしてやれ と言われ、私が肩車の格好をしますと、星野さんが私−に乗り演説を始めました。」
などと述べており、Aoも、Kgと同様に再審請求人は全国指名手配になるような人物であり、軍団のリーダーであると認識していた旨供述している。そのため、Aoが、火炎びん投てきの指示を行ったのは再審請求人であると思い込んだ可能性は極めて強い。
3 検索段階での問題点
 声による識別の耳撃証言は、目撃証言よりも事後情報に有意な影響を受けやすく、声を聞いた後に誤った情報を与えられることにより、先に学習した記憶内容が歪められやすいことが心理学的研究から明らかになっている(再審請求書81頁以下。弁17〜19号証)。
 Aoは、最初の調書である2.4検面では、
「私はこのように機動隊を殴ったことは始めてだし、自分のやったことが急にこわくなり二・三回殴ったもののこの後はその場から少し戻り、逃げました。殴っていた仲間が更にどのようなことをしたか、私には、判かりません。」
と述べ、再審請求人の火炎びん投てきの指示についてまったく供述していなかった。
 その後作成された調書でも、Aoは再審請求人の火炎びん投てきの指示について供述していない。ところが、Kgが中村巡査に対する殴打行為に再審請求人が参加したと供述した2.9検面の後に作成されたAo2.12員面になって、再審請求人の火炎びん投てきの指示を供述するようになり、2.16検面に至った。
 このような供述内容の変遷は、Aoが取調官からその仮説に沿う形のフィードバックや圧力を受けたためであるという疑いを否定できない。
 したがって、2.16検面における再審請求人が火炎びん投てきの指示を行った旨の供述は、Aoの記憶に基づくものではなく、取調官からのフィードバックや圧力による創作である疑いが否定できない。
4 まとめ
 以上のとおり、Aoの2.16検面における供述内容は、周囲の喧噪のなかで請求人の指示命令だけが聞こえたという不自然なものであり、周囲にいた人間の識別や行動の供述も異常に詳細すぎ、目撃状況にも目撃時のAoの心理状態にも矛盾している。
 しかも、本件から3ヶ月も経過した後になされたAoの 「火炎びん投てきの指示」を再審請求人だとする供述は、耳撃証言が目撃証言よりも事後情報に有意な影響を受けやすいことを考慮すれば、まったく信用に値しない。
第5 Ar供述は記憶を反映していない
 確定判決が再審請求人の火炎びん投てき指示を認定するにあたって核心証拠としたArの4.12検面における供述の信用性を検討する。
1 符号化段階での問題点
(1)Arの目撃状況
 本件現場が喚声や殴打音などの騒音につつまれていたことは、Aoの供述の信用性を検討したところで述べた通りである。Ar4.12検面によれば、火炎びん投てきの指示は、「離れろ、火炎びんを投げろ」という極短い単語の2フレーズが1回のみである。喧騒の中で、単発的な個人の声を正確に識別することなど不可能である。
 また、Arの目撃時間も短時間であることは、Kg及びAoについて述べたのと同様である(デモ隊が中村巡査を捕捉してから本件現場を出発するまで35秒前後)。
 しかるに、Arも、自分が中村巡査を殴打した際の周囲の状況や、周囲の人間が再審請求人の指示と同時くらいに一斉に火炎びんを投げた状況を、複数の人物をその行動とともに識別しながら、状況を詳細に供述している。
 だが、本件現場の喧噪からして声による人物の識別は極めて困難であり、また、目撃供述もあまりにも詳細にすぎ、短時間の目撃、出来事の複雑性、凶器注目といった心理学的メカニズム法則と余りにも矛盾する。
 したがって、いずれも、Arの真実の記憶に基づくものと評価できるものではない。
(2)Arの心理状況
 また、Arは、
「その時は私も初めての経験ですので 頭がボーとして無我夢中であり機動隊を殺すことが渋谷暴動を勝利させる道だという頭だったのです」(4.6員面)
「機動隊から催涙ガスが四・五発打ち込まれ一発は、私の方に飛んで来たので上半身を右に動かしてよけました。」(4.12検面)
などと述べるように、機動隊からの攻撃を恐れて恐怖・不安を感じていた。Arが、機動隊の動きに視野が固定され、その他の出来事に注意を払える状況でなかったことが容易に推認できる。
 極度の緊張状態の中で、Arの知覚能力・記憶能力が著しく妨害された可能性があることも、Kg及びAoと同様である。
 Arの極めて詳細な目撃供述や耳撃証言は、情動的興奮、知覚の選択性、出来事の凶暴性といった心理学的メカニズム要因から見て極めてきわめて不自然なものであり、Arの真実の記憶に基づくものと評価しうるものではない。
2 貯蔵段階での問題点
 Arの供述は、本件当日である1971年11月14日から約4ヶ月以上経過した時点でなされたものであり、かつ、KgAoの供述の後でなされたものである。Arが長期間の経過によって本件の状況の具体的細部を忘却している可能性が高いことを考慮すれば、その供述を信用することはできない。
 また、Arは、火炎びん投てきの指示は再審請求人の声だったと供述した理由について、「当時も、さっき言ったように、指揮者であるから、星野さんの声だろうというふうに思っていたわけです。で、供述したときも、そのまま言いました。」と証言し(再審請求書80頁。荒川第29回公判・62丁裏)、再審請求人が軍団の指揮者であったと認識していたために、火炎びん投てきの指示を行ったのも再審請求人であると思い込んだと述べている。
3 検索段階での問題点
 声による識別の耳撃証言は、目撃証言よりも事後情報に有意な影響を受けやすく、声を聞いた後に誤った情報を与えられることにより、先に学習した記憶内容が歪められやすい(弁17〜19号証)。
 ところで、Arの供述内容は、自らの行動や考えを述べた部分以外のほとんどが、KgAoの供述内容と一致している。これは、Arが取調官からその仮説に沿う形のフィードバックや圧力を受けたことを示している。
 まず、中村巡査に対する殴打行為について、Arは4.12検面において、
「前方道路左はじ、商店と商店との間付近でシャッターの前で乱闘服(紺色の機動隊員の服をこう呼んでいる)をきた機動隊員一人が、シャッターに押し付けられるようにして大阪さん奥深山さん柳原さんAoさん等に鉄パイプや竹竿等で頭顔腕肩等所かまわずメチャメチャに殴りつけられておりました。機動隊員は、シャッターを背にし道路の方を向いて首をちぢめ、身をすくめて殴られており、何の抵抗もせずまた声も発していませんでした。シャッターにぶつかる ガチャン ガチャン と言う音や鉄パイプがヘルメットに当る ボコン ボコン と言う音等が入り乱れて聞こえました。私は、駆けながらこれを見、無抵抗な機動隊員一人を皆がよってたかって殴りつけていたので、これは、殴り殺すんだなと直感し自分もこれに加わって殴り殺してやろうと思いその機動隊員に右側から近づいて左手に持っていた竹竿を両手に持ちなおしてそれを右肩にかつぐような格好に振りかざして力まかせに頭肩腕身体等所かまわず殴りつけました。回数は、はっきりしませんが10回位殴ったと思います。この私の殴りつける前後と思いますが大阪さんが 殺せ 殺せ! と異様な声をはり上げており、星野さんもそばで私達に 殺せ 殺せ! とかすれ声で命令しておりました。私は、前述のようにこの機動隊員を殴り殺してやろうと殴りつけてから機動隊員から少し離れると二・三名の仲間が鉄パイプか竹竿で私と同じように機動隊員をメチャメチャに殴りつけておりました。」
と供述している。
 この場面について、Kgは、2.14検面において、
「米屋のシャッターの所では、機動隊員が四、五人からはげしく殴られていました」…「Aの道案内の男は長さ三、四〇センチ位の黒いバール(一方の先端が曲がってクギを抜くのに使用し、他方の先端が薄くなっている物)をふり上げてはげしく機動隊員を殴りつけていました。Bの星野は長さ四、五〇センチ位の鉄パイプをふりかぶって同じように機動隊員を殴りつけていました。CとDはどちらか一方が長さ一メートル位の竹竿を持ち一方が何かは分らなかったが何かの武器を持っており二人ともA、Bと同じく機動隊員を殴りつけていました。前回供述したようにヘルメットがコンクリートの床に落ちた時のような音や竹が身体に当たる時のような音をたてておりめった打ちに殴りつけていたのです。」…「続いて私を追い抜いたE、F、Gの三人が機動隊員に一斉に飛びかかり竹竿や鉄パイプで殴り始めたのであります。つまり最初めった打ちにしていたA、B、C、DにE、F、Gが加わって七人位で機動隊員を殴りつけたのです。この時Bすなわち星野が鉄パイプで機動隊員を殴りつけながら、 殺せ、殺せ とかすれたような異様な声で叫び続けていたのが印象的でした。」
などと述べ、シャッター付近で機動隊員が5名ほどの人物から鉄パイプなどで殴打される状況や、「殺せ、殺せ」というかすれた声、異様な声を聞いたことなどを供述している。
 また、Aoは、2.16検面において
「道路の左側に仲間七、八人が何かを取り囲んで鉄パイプで殴っているような格好が見えたので何を殴っているのかと思ってその囲みに近づいて見ると、シャッターのような前に機動隊員がシャッターの方に向いて何も抵抗せず立っており、それを機動隊員の右前の方から、奥深山さん機動隊員の左前の方から大阪が私と同じ位の鉄パイプで機動隊員の頭や肩を殴りつけており、その機動隊員の右後方からも二、三人が鉄パイプのようなもので背後から殴りつけておりました。殴られている者が機動隊員であることは、青い機動隊の服を着、青いヘルメットをかぶっていたので一見して判かりました。この様子を近づきながら見て、奥深山さん達が機動隊員を殴り、殺すんだなと直感しました。というのは、前から機動隊員を一人でも多く殺せ、殴り殺せ、たたき殺せ、焼き殺せなどと言われており、抵抗もしない一人の機動隊員を奥深山さん達がメチャクチャに殴りつけており、鉄パイプがヘルメットに当るような スコン ガツン というような音や、シャッターにぶつかるような ガチャンガチャン という音がして激しく殴っていたので、このように思ったのです。」
などと述べ、中村巡査に対する殴打行為の際に、殴打の音として、スコン、ガチャンなどといった音が聞こえたことを供述している。
 次に、Arは、火炎びん投てきの指示について、4.12検面で
「星野さんは、これを見てから離れろ、 火炎ビンを投げろ と命令を下すと奥深山さんは、機動隊員から離れ、回りにいた私達も機動隊員から二メートル位離れました。私は、倒れている機動隊員の右側にいました。この離れたと、ほとんど同時位に火炎ビンが回りから10本位機動隊員に向かって投げつけられ、これが破裂して火の手がパッと上がりました。この時、私の左側にいたKgさんが私の方を向いて試験管のついたサイダービンの火炎ビン一本を差し出したので私は、これを右手で受け取り、倒れている機動隊員の胴体の右側の路上めがけて投げつけました。これは、破裂してすぐもえあがりました。路上に投げつけたのは、火炎ビンが胴体に投げつけるより破裂し発火しやすいと思ったからです。このように投げつけた火炎ビンの炎は、倒れている機動隊員を包むように直径二メートル位高さ二・三メートル位の炎になりました機動隊員は、動かないようですでに気絶しているようでした。」
と供述するが、これは、Aoの2.16検面における
「私はこれを見ながら機動隊員の頭の方に歩いて行くと、先程の2人は銃をうばうのをあきらめ機動隊員から離れると星野さんは再び大声で 火をつけろ と命令しました。これとほとんど同時位に機動隊員のまわりにいた者から一勢に火炎ビンが投げつけられ、私も手に持っていた火炎ビン一本を機動隊員の頭から二メートル位離れたところより機動隊員めがけて投げつけました。奥深山さんと背が低く黒っぽいジャンパーの男も火炎ビンを投げたのをはっきり見ています。星野さんと氏名の判らない男も確か火炎ビンを持っていたので投げたと思います。投げつけられた火炎ビンは全部で七、八本位で、この火炎ビンが一勢に ガシャン と破裂して燃えあがり機動隊員を一瞬にしてこの赤い炎で包み、その火は2メートル位の高さになりました。」
とほとんど同内容であり、とりわけ、投てき者から中村巡査までの距離が「2メートル」であったことや、中村巡査を包んだ火の高さが「2メートル」であったことまで一致しているのである。
 Arの供述とKg及びAoの供述を比較すれば、Ar供述は、Kg供述とAo供述を合体させたものであり、KgAoの供述に基づきなされたことは明白である。
 したがって、4.12検面において、再審請求人が火炎びん投てきの指示を行った旨の供述は、Arの記憶に基づくものではなく、取調官からの圧力による創作である。
4 まとめ
 以上のとおり、本件現場は喧噪に包まれて声による人物の識別は極めて困難であったから、火炎びん投てきの指示が再審請求人からあったというArの4.12検面における供述は信用できない。また、目撃供述もあまりにも詳細にすぎ、短時間の目撃、出来事の複雑性、凶器注目といった目撃状況と矛盾する。
 しかも、本件から4ヶ月も経過した後になされたArの声による人物識別供述は、耳撃証言が目撃証言よりも事後情報に有意な影響を受けやすいことを考慮すれば、まったく信用に値しない。Arが公判廷で請求人が軍団のリーダーであったために火炎びん投てきの指示を行ったと思った旨述べていることを見ても、Arの犯人識別供述を信用できないことは明白である。
 さらに、Arの供述がKg供述とAo供述を合体させたものであり、KgAoの供述に基づきなされたことは明白であることを見れば、Arの供述は、自らの記憶に基づくものではなく、取調官から圧力を受けて創作したものであることは明らかである。
第6 結論
 以上から、供述者らの捜査段階の供述は、心理学的メカニズム法則に照らして、供述者の記憶を反映したものと評価することは到底不可能であり、取調状況において信用性に疑問を抱かせる数多くの問題点を抱えていることも踏まえれば、その信用性はないと断じざるを得ない。
 よって、供述者らの捜査段階の供述にもっぱら依拠する確定判決の誤りは、明白である。
 なお、本補充書では、鑑定書(その1)が述べる心理学的メカニズムのいわば一般基準により、確定判決が依るKgAoAr各供述調書の信用性を検討した。
 他方、同鑑定書の鑑定人らは、すでに本件現場のシミュレーション実験を行い、上記心理学的メカニズムの実証的検証をもって、鑑定書(その2)を準備中である。われわれは、その完成をまって、本件各供述の信用性について、さらなる主張を展開する予定である。                                                    以 上